
盲導犬と歩く ― 眼の代わりをするパートナー
10月5日日曜日、目黒区眼科医会の出務として新宿駅西口広場で行われたTokyo Eye Festival(東京ロービジョンサポートフェア)無料医療相談に1時間参加しました。眼科医として訪れる市民の質問に直接お答えするこの活動は、普段の診療とは少し違う緊張感と充実感があります。
そのあと、同じ場所で開催されていた「東京アイフェスティバル」で、盲導犬に導かれて歩く体験をさせてもらいました。新宿駅のように人通りが多く、音や動きが入り乱れる環境で盲導犬と歩くことは、想像以上に貴重な体験でした。
盲導犬が果たす役割は、まさに「眼の代わり」です。盲人の歩行を安全に導くために、犬は人のわずかな体の動きを感じ取りながら、前方の障害物や段差を避け、進むべき方向を判断します。犬と盲人の身体をつなぐ革のハーネス(胴輪と持ち手の棒)は、眼から脳へ信号を伝える「視神経」に例えられます。犬が進むことで、その動きが持ち手を通じて盲人の腕に伝わり、盲人はそれを「見えない情報」として感じ取るのです。その歩行速度は思ったよりも早い物で、通常の私の歩行より早かったです。
盲導犬の訓練は極めて高度で、犬は人の左側に立ち、短い英語の命令語で行動します。基本的な指示には以下のようなものがあります。
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“Forward”:まっすぐ進む。犬はハーネスを軽く引いて前進を開始します。
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“Right” / “Left”:右へ、左へ。犬は交差点や障害物の回避で適切な方向に曲がります。
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“Wait”:止まって待つ。人が立ち止まるまで動かず、安全確認を行います。
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“Sit”:座る。信号待ちやエレベーター前などで静止する時に用います。
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“Good”:正しく行動したときの褒め言葉。信頼関係を深める大切なフィードバックです。
これらの指示語は短く明確で、犬が雑踏の中でもすぐ理解できるように工夫されています。人は犬を「操作」するのではなく、犬と「協働」して進みます。犬が進路を選び、人はハーネスを通してその意志を感じ取りながらついていく。その息の合った歩みこそが盲導犬歩行の本質です。
体験中、盲導犬が階段や柱、人の群れをスムーズに避けるのを感じたとき、まるで「見えない眼」が働いているように思いました。周囲の騒音や足音の中で、犬の身体のわずかな動きだけが唯一の手がかり。それでも安心して歩けるのは、犬と人との間に築かれた深い信頼の絆があるからです。
盲導犬は単なる「補助具」ではなく、視覚障害者の人生を共に歩むパートナーです。1頭の盲導犬が実際に活動できる期間はおよそ8~10年。その後は「引退犬」としてボランティア家庭で余生を送ります。
この日、新宿の喧騒の中を盲導犬と歩きながら、「見る」という行為がどれほど多くの感覚と信頼の上に成り立っているかを実感しました。私たち眼科医が守る“視力”とは、こうした人と世界を結ぶ最も大切な架け橋のひとつなのだと、あらためて感じた体験でした。
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