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[No.4407] 鎌倉へ散策に出かけました。

井原忠政の小説『関ケ原仁義』(中)を、最近ゆっくり読み進めています。物語は、関ヶ原合戦の直前、徳川家康が上杉征伐のため大坂城を発ち、東国へ向かう途上で鎌倉に立ち寄る場面を描いています。その中で家康は、鶴岡八幡宮に参拝し、かつて公暁が源実朝を討ったとされる大銀杏前の石段に腰を下ろします。伏見城に残してきた鳥居元忠ら重臣が、やがて石田三成方によって命を落とす運命にあることを思い、家康が涙する――そんな印象的な場面です。

史実として、家康が慶長五年(一六〇〇年)に上杉征伐のため会津へ向かったこと、そして伏見城で鳥居元忠が壮絶な籠城戦の末に自刃し、結果として家康方に大きな時間をもたらしたことはよく知られています。一方で、家康が実際に鶴岡八幡宮で涙を流したかどうかは、史料では確認できません。このあたりは小説ならではの表現でしょう。それでも、源氏政権の興亡を見届けてきた鎌倉という土地を思うと、この描写が自然に胸に響いてくるから不思議です。

 私はこの場面を読んだあと、午前中から鎌倉を散策してみました。八幡宮の石段脇に立つ銀杏は、かつての大銀杏とは異なり、地上三メートルほどで幹が切られ、枝のない太い株が静かに残されています。銀杏は裸子植物で、比較的成長が早く、直径七十センチほどなら百年もかからず育つといわれています。倒伏事故のあとに若木が植え直されている様子を見て、歴史もまた、失われては新しく受け継がれていくものなのだと感じました。

 その後、若宮大路を南へ下り、材木座へ向かいました。さらに西へ進み、海岸線を江ノ島方面へドライブします。冬で風の強い日でしたが、日差しは意外と明るく、海には多くのサーファーが出ていました。正面には、雪をかぶった富士山がくっきりと見えます。この山を、鎌倉武士も、家康も、そして今を生きる私たちも、同じように眺めてきたのだと思うと、静かな感慨を覚えました。

  歴史小説を読み、実際の土地を歩き、同じ景色を見る。そうした体験を通して、史実と物語が重なり合う「時間の厚み」を、少し身近に感じられた豊かな一日でした。

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