清澤のコメント:秋も深まり、私も69歳の誕生日も迎えたので医院の休診日を利用して母への感謝を伝えに、松本の実家を訪ねてきました。庭はそれなりにきれいに手入れされておりました。往復の電車の中では「三河雑兵心得、馬廻役仁義、井原忠正」を読みました。
第一章:ところがどっこいーー茂兵衛は生きていた。:という訳で第一次上田城合戦の神川で討ち死にしたはずの主人公:植田茂兵衛は部下4人とともに土牢に囚われて生きていたという続編です。
この話の中で興味をひかれたのは伯耆守、石川数正の下り。今の松本城を築いた武人として知られますが、わずかな家族を連れて徳川家を出奔し豊臣方に寝返ったとされてきた人物。評判はよくありませんでした。彼の墓が松本市の私の中学校学区にある寺で再発見されたという話が、中学生時代にありました。この作者は、この石川数正は徳川の隠密として豊臣方に潜入したというストーリーを作っており、救われた気持ちになりました。この説は従来にもなかったわけではないようで、
- 家康と示し合わせ、徳川家の為に犠牲となった形で投降したふりをしたという説や。
- 秀吉との交渉を行う中で現状を知る数正が、現状を知らずに主戦論を主張する本多忠勝、榊原康政ら家臣団に対し主戦論を放棄させるため投降したという説もあったようです。
〇 秀吉から河内国内で8万石を与えられ、秀吉の家臣として仕えた。この時、通称を出雲守に改め、秀吉より偏諱を賜って吉輝と改名し、出雲守吉輝を称したと伝わる。天正18年(1590年)の小田原征伐で後北条氏が滅亡し、家康が関東に移ると、秀吉より信濃国松本(領地は筑摩郡と安曇郡)10万石に加増移封された。数正は松本に権威と実戦に備えた雄大な松本城の築城と、街道につないで流通機構の経路を掌握するための城下町の建設、天守閣の造営など政治基盤の整備に尽力した。(wikipedia)
ーーー(別の書評から採録追加)ーーーー
通算10作目!「この時代小説がすごい!」で注目の戦国足軽出世物語シリーズ|井原忠政『三河雑兵心得 馬廻役仁義』
戦場で討ち死にしたと思ったら、どっこい生きてた植田茂兵衛。
なんと馬廻役に抜擢された。井原忠政の超人気シリーズが、ついに大台の10巻に突入だ。
徳川軍が大敗した上田合戦の殿を務め、単騎で敵に突っ込んだ鉄砲大将の植田茂兵衛。生死不明で終わった、前巻のラストはショッキングであった。本書の冒頭では討死したと思われ、残された家族や、関係の深かった者が悲嘆にくれる。茂兵衛とは20年にわたる腐れ縁である、徳川の隠密・乙部八兵衛は、植田家をどうすべきか悩む。
ところがどっこい、茂兵衛は生きていた。3人の従者と、鉄砲隊寄騎の花井庄衛門と共に、真田源三郎が城番を務める戸石城の土牢に囚われていたのだ。牢内で、徳川家の次席家老である石川伯耆守が、豊臣方に寝返ったと聞いてもどうにもならぬ。気力体力を維持するだけである。
その後、曲折を経て戸石城から脱出できた茂兵衛たち。だが戻ってみれば、鉄砲大将の地位を取り上げられていた。しばらくブラブラしていた茂兵衛だが、主君の家康の命により、馬廻役に抜擢されるのだった。
馬廻役とは、主君の側に侍り、護衛や伝令をする役目である。なぜ作者は茂兵衛を、馬廻役にしたのか。それは上田合戦後、しばらく政治の季節が続くからである。天下人になったといっていい秀吉にとって、家康は完全な邪魔者。しかし潰すこともままならないので、味方に取り込もうとする。
一方、家康も秀吉と和睦するしかないと考えているが、家中の強硬派をどう宥めるか苦慮している。意外と人材不足の徳川家で“欲と恐怖の念が薄い”茂兵衛は、家康に信頼できる人物と見込まれているのだ。こうした部分で茂兵衛の魅力を描きながら、政治の場にかかわらせ、主人公視点でストーリーを進行させる。そして家康と秀吉の政治的な駆け引きを、面白く読ませてくれるのである。この手腕、もはやベテラン作家のものといっていい。
そうそう、茂兵衛の魅力は、真田源三郎とのやり取りでも、巧みに表現されている。敵同士になってしまったが、互いに認め合う、茂兵衛と源三郎の姿が気持ちいいのだ。
また、有名な石川伯耆守の寝返りに、独自の解釈を与えている点も見逃せない。伯耆守が寝返った理由は諸説あるが、はっきりしたことは分からない。もしかしたら本書の解釈が正しいのかもしれない。このように思わせてくれるのも、作者の優れた手腕なのである。
本書のラストで家康は軍政改革を断行し、茂兵衛は新たな地位を得る。これからどうなるのだろう。シリーズの今後から、ますます目が離せないのだ。
- 馬廻役仁義
- 著者:井原忠政
- 発売日:2022年11月
- 発行所:双葉社
- 価格:715円(税込)
- ISBNコード:9784575671353
「小説推理」(双葉社)2023年1月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載
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