Visual snow 症候群(VSS:Visual snow syndrome)
自由が丘清澤眼科 清澤源弘、
JCHO 三島総合病院眼科 鈴木幸久
Visual snow症候群では世界が砂嵐状に見える
Visual snow 症候群患者の視界は、その粒の大きさや密度などはさまざまであり、「雪または雨が降っているように見える」といった自覚症状によって診断されます。Visual snow 症候群では「視野全体に砂嵐または霧雨様のものが恒常的に見える」「ノイズがかかって見える」などと表現します。これは、実在しないものが見えるという意味での視覚陽性現象です。患者は「砂嵐を通してものを見ているようだ」と訴えるので『ビジュアルスノウ』とそのまま表現したり、『視界砂嵐症候群』『小雪症候群』といった日本語訳を当てている医師もいます。
その症状は明所ばかりでなく暗所でもみられ、疲労で多少増悪します。幼少時〜40 歳代までの発症(平均発症年齢は 13 〜19 歳)を訴えますが、「物心ついた時からそうだった」と訴える患者も多いので、学童にも多いはずです。
閃輝暗点、飛蚊症とは異なるもの
Visual snow 症候群による視界の曇りは持続的に見えていて、出たり消えたりはしません。片頭痛に伴い発生してから拡大してその中心が抜けるという閃輝暗点とは経過も形状も違っており、頭痛の前兆でもありません。また、眼内の異常に伴いやすい飛蚊症と異なる点としては、砂嵐が現れるのは両眼性であって、眼球運動をさせても視野の中でモザイク状の曇りの位置は変化せず、瞼を閉じても症状はすぐには消失を自覚しないのが特徴です。
Visual snow症候群の見え方に伴う症状
砂嵐状の見え方に伴う症状としては、羞明(82%)、視覚保続(85%)、飛蚊症、内視現象(100%)、夜間視障害などの多彩な視覚症状や片頭痛(57%)、耳鳴などを合併します。さらに、音やにおい、触覚に対する感覚過敏も Visual snow 症候群の患者によくみられる自覚症状です。
図1:左上の画像は通常の見え方だが、Visual snow 症候群の患者では、視野全体に砂嵐またはノイズがかかって見えている(右上)。付随する視覚症状に、残像(左下)やたなびき(右下)などの視覚保続がある。
A: 動的で持続する小さい点が全視野に3か月以上継続して出現する。小さい点は通常、白い背景に黒/灰色、あるいは黒い背景に白/灰色である。透けて見えたり、白く光ったり、色がついている場合もある
B: 以下の4つの分類のうち、少なくとも2つの視覚症状がある
1.視覚保続(反復視):残像もしくは移動した物の残像が軌跡となって重なって見える
2.眼の中での自己照明、光視症
3.羞明
4.夜盲症
C: 片頭痛の前兆でないこと
D: 他の疾患では説明できないこと。眼科検査(矯正視力、眼底検査、視野検査、網膜電図)は正常で、向精神薬の内服中でないこと
図2:Visual snow 症候群の診断基準
(Schankin CJ, Maniyar FH,et al.The relation between migraine,typical migraine aura and “visual snow”.Headache,2014;54:957-966 より改変)
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①羞明
普通以上に光をまぶしく感じることです。健常人ではまぶしくない照度の環境下においても、Visual snow 症候群の患者では自覚することが多いです。また、光全般に対して羞明を自覚する患者が多いですが、中には人工光のみに対して羞明を自覚する患者もいます。
②視覚保続
目の前の動くものを見るときに残像が見える現象で、移動する対象物に「しっぽが付いているように見える」と訴えます。
③飛蚊症
両眼に過度の飛蚊症を訴えることもありります。健常人においても後部硝子体剥離などに伴って飛蚊症が自覚されることはありますが、Visual snow 症候群の患者ではこれを過度に自覚し、飛蚊症の形状もさまざまです。
④内視現象
内視現象(ないしブルーフィールド内視現象)は、青空などの均質な明るい表面を見たときに、無数の小さな明るい光点が視野の中を素早く動き回って見える現象です。この現象は健常人においても起きますが、網膜血管内を移動する白血球の影を見てい
ると考えられています。
⑤耳鳴
持続的な幻聴です。
⑥夜間視障害
「暗いところで見にくい」というように、周囲の照度が低下すると砂嵐様症状を強く自覚するようになることが多いです。視界が濃くなった砂嵐に覆われるため、照度の低い環境では文字等の判読がより困難になります。網膜色素変性症などでみられる暗順応障害による夜盲とは別の現象です。
⑦片頭痛
片頭痛はVisual snow 症候群よりもはるかに多い頭痛の一種で、血管の拍動に同期する拍動性の痛みが頭部に自覚され、ときに閃輝暗点では中心視野欠損を示します。欧米では Visual snow 症候群と片頭痛との関連が以前に報告され、Visual snow症候群は片頭痛に伴う閃輝暗点の一種と考えられていた時代がありました。
Visual snow 症候群と上記以外の神経学的異常との関連はあまり指摘されていません。眼科の検査では視力、視野は正常で、眼底、網膜電図、頭部 MRI などでも異常を認めません。
近年、私たちはコントラスト感度の低下がこの疾患でみられることに気が付いています。これは画像にかかる霧のために淡い濃淡で示された図形が読み取れないというものです。
ポジトロン断層法による脳糖代謝測定では、後頭葉の下面にある舌状回の糖代謝亢進や、その他の視覚関連領域の糖代謝低下がみられます。
除外診断が必要なものとしては、遺伝的な素因をもって網膜変性と夜盲を起こす疾患である錐体ジストロフィーや、頭蓋内圧亢進症でみられる鬱血乳頭で一過性の像のぼやけを訴える場合等があります。
若年者の有病率が高い
筆者(鈴木)らは 147 例(男性 55 例、女性 92 例)の Visual snow 症候群を経験しましたが、その年代分布は 10 代 25 例、20 代 53 例、30 代 41 例、40 代 21 例、50 代 5 例、60 代2例でした。イギリスおよびイタリアにおける100 例ずつの Visual snow 症候群の患者について見ると、平均受診年齢はそれぞれ 30 歳および 32 歳、平均発症年齢は 24 歳および 22 歳と若く、男女比は女性にやや多かったとされています。これらの点から、自然緩解するわけではなくとも、若年者の有病率が高いことが推定されます。
有効な治療法は確立されていない
現在のところ、有効な治療法は確立されていません。Visual snow 症候群に対して開発された薬剤はなく、抗うつ薬、抗てんかん薬など、これまでにさまざまな薬剤の処方が試みられていますが、どれも症状の有意な改善効果が得られていないのが現状です。効果があった例では、砂嵐が薄くなる、羞明の低下、夜間視の改善などが得られたとされています。
長年にわたって同様の症状が持続することが多い一方、症状の軽快と悪化を繰り返すことも多いです。また、上記のように高齢患者の報告が少ないこともあり、症状全般が自然治癒することがあることがわかっていますが、その頻度については不明です。
有効な薬物治療はまだ確立されていませんが、羞明にはまぶしさを感じやすい色合いの光を選択的に遮る遮光眼鏡が有効なことがあります。これは一般的なサングラスとは異なるもので、一部の眼鏡店で入手することが可能です。
予後として症状の増悪や改善は少なく、大半の症例では変化がみられません。ですから、この病気の状態をよく説明して、あまり心配のないものであるという理解を求めることになるでしょう。
●文献
1) Schankin CJ,Maniyar FH,Digre KB, Goadsby PJ.‘Visual snow’a disorder distinct from persistent migraine aura.Brain 2014;137:1419-1428.
2) Viana M,Puledda F,Goadsby PJ.Visual snow syndrome:a comparison between an Italian and British population.Eur J Neurology 2020;27:2099-2101.
3) Puledda F,Vandenbussche N, Moreno-Ajona D,Eren O,Schankin C, Goadsby PJ.Evaluation of treatment response and symptom progression in 400 patients with visual snow syndrome.Br J Ophthalmol 2021;16:318653.
清澤源弘(きよさわ・もとひろ)
元東京医科歯科大学臨床教授(2021年まで)、自由が丘清澤
眼科院長
鈴木幸久(すずき・ゆきひさ)
JCHO 三島総合病院眼科、東京医科歯科大学眼科非常勤講師
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