今回は眼瞼痙攣診療ガイドラインから、臨床設問39 (ドライアイ関連)を採録する:
質問:眼瞼けいれんの治療においてドライアイの治療は意味がありますか
回答:ドライアイの治療が長期的に眼瞼けいれんにどう影響するのかを検討したエビデンスレベルの高い研究が無いため現時点では明確な結論はでないが、点眼をはじめとしたドライアイの治療は通常低侵襲であり試みてよいと考えられる(2C)。また、ドライアイの治療が無効であるという経過が眼瞼けいれんの診断に寄与する可能性がある。
解説:ドライアイをはじめとして眼瞼緑炎や角結膜炎などの前眼部疾患は眼瞼けいれんの発症に関与することが以前から知られており、前眼部疾患による三叉神経刺数が眼験けいれんの発症もしくは増悪に関与すると考えられる。一方、60例の女性の眼瞼けいれん患者を対象に角結膜上皮障害を調査した研究では、運動症状が重症な群の方が眼表面の角結膜上皮障害の所見は軽徴であったと一見矛盾した報告がなされている。この研究において著者らは、眼瞼けいれんの発症が眼表面に対しては保護的に働きうるという見解を示しており,前眼部疾患と眼験けいれんは必ずしも単純な対応関係には無い可能性がある。したがって、眼験けいれん患者に対するドライアイ治療についてもその効果を短期的な自覚症状の改善のみで評価することが適切ではない可能性がある。つまり,眼表面疾患により持続的に三叉神経刺が入力されることで眼験けいれんの中枢ネットワークに長期的にどう影響するかが不明なため、ドライアイ治療についても中枢ネットワークへの影響を検討する必要があると考えられる。実際に幻肢痛や複合局所疼痛症候群における未梢からの感覚入力の変化は視床や大脳皮質感覚野のネットワークを変容させることが知られており。眼験けいれんにおいても末梢感覚入力が中枢に与える感響について知見の集積を要する。しかしながら、現時点ではこのような観点からの研究は行われておらず、さらにドライアイ治療の有効性を換討したエビデンスの高い報告は検索する限りは見当たらず、無効であったとする報告が多い。したがって、現状の報告のみからは眼験けいれんに対してドライアイ治療は意味があるとは結論し難い。
しかしながら。眼験けいれん患者5症例のうち4症例に対して、強膜レンズ(角結膜を広く覆う密閉型の大型レンズで、角結膜とレンズの間に人工涙液などを保持することで持続的に眼表面を湿潤に保つことができる)や点眼麻酔(診断を目的として用いている)を用いることで眼表面の痛みなどの感覚過敏症状および瞬目異常を緩和できたという症例報告がなされている。眼表面からの三叉神経刺数が眼験けいれんの症状を増悪させるため、上記のようなドライアイ治療が眼験けいれんの症状を改善する可能性があると考察されており、今後の検討が期待される。
ドライアイ治療への反応性から眼験けいれんの診断につながる可能性については、ドライアイ様症状を有する325例を対象に1か月間のドライアイ治療(人工涙液、テトラサイクリン局所および全身投与、眼験清拭、低濃度ステロイドなどで自覚症状の改善が得られなかった49例(14.2%)のうち28例(57%)はメージュ症候群と診断されたと報告されており、ドライアイ治療に対する反応性をみることで診断が困難な本疾悪の正診に寄与する場合があると考えられる、このように点眼治療が無効だった場合に眼験けいれんと診断できる症例が多くいることは示されているものの。最初から眼験けいれんと診断された症例に対して点眼をはじめとしたドライアイ治療の効果を前向きにみた検討は十分な報告が無く、今後の課題と考えられた。
上記の内容を鑑みると、眼験けいれんに対するドライアイ治療は有効であるとは結論し難いものの、標準治療であるボトックス治療と比較して侵襲が低く、すぐに実施できることや患者の抵抗感も少ないこと、診断への寄与も含めると、試みて良い治療であると考える。
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清澤の追加コメント:此の問答には本シリーズ(診療ガイドライン)の問答にしては比較的長い解説が付されている。私は、此の回答に反対なわけではないが、眼瞼痙攣患者では瞬目の定常性の低下も関連するのか、涙液メニスカスが低かったり、またシルマーテスト値が低い症例は少なくない。上で論じられるように、眼瞼痙攣に伴う涙液減少では、むしろ角膜上皮障害は多くはないという実感がある。坪田らが眼瞼けいれんでドライアイの合併を述べた初期の研究はその点に言及したものと考えられる。しばしば、「眼瞼痙攣を単なるドライアイと誤診された」という言い方を聞くことがあり、また上のように角膜湿潤の点眼液処方だけでは開瞼障害が治らないから当該患者の疾患が「眼瞼けいれん」なのだという議論を聞くことが有る。しかし、私はその判断には間違いがあって、「眼瞼けいれんとドライアイの両者は合併し易いものである」と感じている。眼瞼痙攣患者はヒアレイン、ジクアス、レバミピドの点眼を喜び、常用する患者も少なくはないが、その程度の加療では眼瞼痙攣自体が軽くなるという手ごたえを私には得られてはいない。また文献的な支持が無くても、そのような涙液減少ないし涙液層不安定化を伴う例に対してのコラーゲン製涙点プラグ設置は開瞼障害症状の軽快に対して有効であることを報ずる患者は少なくないと私は感じている。私が此処で、論文的支持の乏しいことを述べるのは恐縮だが、私は今後もドライアイと眼瞼けいれんの間での症状の相乗性の評価が望まれるものであると思っている。
なお、シリコン製の個体涙点プラグは長期にわたって有効性が続くという利点もあったが、早期脱落例に対する苦情や、設置直後の違和感による摘出希望を訴える患者の存在も有った為、私は最近その利用を控えている。
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