宇宙に行くと遠視化で視力が下る?――宇宙飛行士の目に起こる不思議な変化
これから民間人の宇宙旅行も現実味を帯びてくる中、「宇宙に行ったら目にどんな変化が起きるのか?」というテーマに、医療の世界でも関心が高まっています。
2025年7月、JAMA Ophthalmologyに掲載された研究では、NASAのデータを用いて30人の宇宙飛行士の視力変化と眼内の状態が詳細に検討されました。特に焦点となったのは、「宇宙に行く前に近視のあった人は、宇宙滞在中にどのような視力変化を起こすのか?」という点です。
宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS)とは?
宇宙飛行士の間では、長期滞在後に遠視化(近くが見えづらくなる)や網膜のむくみなどが見られることが知られており、「宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS)」と呼ばれています。視神経周囲の髄膜腔が拡張したり、眼球が扁平化することもあり、そのメカニズムはまだ完全には解明されていません。
近視の人は影響を受けやすい?
今回の研究では、宇宙飛行前に強い近視だった人ほど、宇宙滞在中に視力が大きく変化する傾向が確認されました。
近視の人の眼球はやや長く、外側を包む「強膜」という膜が柔らかいため、無重力の宇宙では眼球が変形しやすく、その結果、遠視化しやすいと考えられます。
一方で、網膜の厚み(むくみ)については、近視かどうかとはあまり関係がないようで、網膜のむくみはむしろ強膜の硬い目(=遠視や正視)で起こりやすい可能性が示唆されました。
無重力が目に与える特殊な圧力変化
地上では、重力の影響で頭部と足元にかかる圧力に差があり、体液は下半身に集まりやすい構造になっています。しかし、宇宙ではこの「水圧の勾配」がなくなり、脳や目の奥に体液が滞りやすくなるため、眼球後方に圧がかかり、眼球の形が変わってしまうのです。
視力への影響は、個人の目の構造、特に「出発前の屈折度数(近視・遠視の程度)」によって異なることが、この研究から示唆されました。
宇宙と地上の圧力環境の逆転現象
実はこれに逆行する現象を、私たちは高圧酸素環境で働いた人で報告しています。日本の土木工事に従事した作業員が、高圧の「ケーソン室」で長時間働いた後、近視が進行するという報告をしました。これは宇宙とは逆に、周囲から強い圧力が加わることで水晶体が硬化し肥厚して近視化したと考えました。
つまり、高圧環境では近視化、無重力環境では遠視化という、対照的な現象が起きていたのです。
クロージング・リマークス:宇宙と眼科が出会う場所
この研究は、未来の宇宙時代に向けて、眼科医が担うべき新しい役割を示しています。目の構造や視力は、重力や圧力といった環境条件に大きく影響を受ける繊細な器官であり、「宇宙に行く前に近視の程度を把握すること」が、その人の視力変化を予測する鍵になるかもしれません。
地上で高圧環境にさらされると近視が進み、宇宙では逆に遠視が進む――この逆転現象は、目が私たちの「環境」にどれほど影響されているかを教えてくれます。眼科医療も、地球の重力の枠を超えて考える時代に入っているのかもしれません。
引用文献:
- Buckey JC, Zegans ME, Lan M. Preflight Myopia and Visual Acuity Changes in Long-Duration Astronauts. JAMA Ophthalmol. Published online July 3, 2025. doi: 10.1001/jamaophthalmol.2025.1935
- Onoo A, Kiyosawa M, Takase H, Mano Y. Development of myopia as a hazard for workers in pneumatic caissons. Br J Ophthalmol. 2002 Nov;86(11):1274–1277. doi: 10.1136/bjo.86.11.1274
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