ヘルペス性脳炎に合併する急性網膜壊死 ― 見逃してはいけない眼合併症
Wills Eye Hospitalの症例検討会をネットで視聴しました。紹介されていたのは、意識障害のある患者さんで、片眼に視神経蒼白と出血を伴う重度の網膜血管炎を認め、最終的に「ヘルペス性脳炎に急性網膜壊死(acute retinal necrosis:ARN)を合併した症例」と診断されたケースでした。私自身もこの病院への留学前に同様の症例を日本で経験しており、この動画でもコメントしているRobert Sergott博士に眼底スケッチを見せて相談した記憶があり、非常に印象深く感じました。
ヘルペス性脳炎とARNの関係
ヘルペス性脳炎(HSE)にARNが合併する頻度は高くはありませんが、近年の総説ではHSE患者の約4〜8%にARNが発症するとされています。ARNは単独でも予後不良な疾患ですが、中枢神経障害を伴う症例では診断が遅れやすく、視力予後はさらに厳しくなります。重要なのは、脳炎の急性期だけでなく、回復期や慢性期にも眼合併症が出現しうる点です。
診断と治療は「待たない」ことが原則
現在の標準的な考え方では、確定診断を待たずに治療を開始することが最も重要です。ヘルペス性脳炎が疑われた段階で、神経内科領域では直ちに静注アシクロビルが開始されますが、眼科的にARNが疑われる場合も同様です。
診断の確定には、髄液PCRによるHSVやVZVの同定が有用ですが、眼病変に関しては前房水や硝子体のPCR検査がより直接的な証拠になります。ただし、検体採取のために抗ウイルス治療を遅らせるべきではありません。
眼に対する標準的治療
眼科的治療の柱は、
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全身抗ウイルス薬(アシクロビル静注、または高用量バラシクロビル内服)
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硝子体内抗ウイルス薬注射(ガンシクロビルまたはフォスカルネット)
の併用です。特に進行が速い症例では、硝子体内注射によって局所のウイルス量を迅速に抑えることが期待されます。
ステロイドは炎症制御に有効ですが、必ず抗ウイルス薬開始後に慎重に導入します。先行投与はウイルス増殖を助長する危険があるため、順序が重要です。
硝子体手術(硝子体切除術)は、診断目的の検体採取、強い硝子体混濁、あるいは網膜剥離を合併した場合に適応となります。すべての症例で初期から行う治療ではなく、病態に応じて段階的に判断されます。
まとめ
浦山らによるARNの世界初の症例報告が東北大学でなされていたことは卒業生の誇らしく思うところです。ヘルペス性脳炎に合併する急性網膜壊死ARNはまれ(でも、HSE患者の約4〜8%にARNが発症する)ですが、見逃せば失明に直結します。意識障害を伴う患者さんであっても、眼底所見が診断と予後を左右することがあります。疑った時点で抗ウイルス治療を開始し、全身治療と眼局所治療を同時並行で行う――これが現在の標準的かつ実践的な対応といえるでしょう。
文献
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Schoenberger SD, et al. Diagnosis and Treatment of Acute Retinal Necrosis. Ophthalmology, 2017.
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Kalogeropoulos D, et al. Diagnostic and therapeutic challenges in acute retinal necrosis. Eye, 2024.
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American Academy of Ophthalmology. Diagnosis and Treatment of Acute Retinal Necrosis. EyeNet, 2022.



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