日本におけるニューロモジュレーション疼痛治療の現状
―慢性疼痛研究と眼瞼痙攣の理解のための参考情報―
慢性疼痛とは、一般に3か月以上続く痛みを指します。腰痛や神経痛、頭痛などを含めると、世界では成人の20%以上が慢性疼痛を経験するとされ、現代医療における重要な問題となっています。近年の神経科学研究では、慢性疼痛の多くが単なる末梢の炎症や神経損傷だけでなく、脳の痛み処理回路の変化、いわゆる「脳ネットワークの再編成」に関係していることが分かってきました。このような背景から注目されているのが、神経活動を調整する「ニューロモジュレーション(神経調節療法)」です。
ニューロモジュレーションとは、電気刺激や磁気刺激などを用いて神経回路の働きを変化させ、痛みの伝達や知覚を調整する治療法です。代表的なものとして、脊髄刺激療法(SCS)、脳深部刺激療法(DBS)、運動野刺激療法(MCS)、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)などがあります。慢性疼痛では、これらの方法によって異常な神経回路の活動を調整することが期待されています。
日本で最も広く行われているニューロモジュレーション治療は、脊髄刺激療法です。これは脊髄の近くに電極を置いて弱い電気刺激を与える方法で、神経障害性疼痛や脊椎手術後疼痛症候群などに対して保険適用があります。大学病院やペインクリニックなどで行われています。
一方、脳そのものを刺激する治療、例えば脳深部刺激療法や運動野刺激療法は、日本ではまだ限られた施設で研究的に行われている段階です。例えば、国立精神・神経医療研究センター病院(東京・小平)ではニューロモデュレーションセンターが設置され、脳刺激を含む神経調節療法の研究と臨床が行われています。また、日本大学医学部附属板橋病院にもニューロモデュレーションセンターがあり、難治性疼痛に対する神経刺激療法の研究が進められています。さらに大阪大学医学部では、脳卒中後疼痛などに対する運動野刺激療法や脳深部刺激療法の研究が報告されています。反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)についても、日本の大学病院で慢性疼痛への応用研究が行われています。
このような研究は、慢性疼痛を「脳のネットワークの病気」として理解しようとする新しい医学の流れの中で進んでいます。痛みは単なる感覚だけではなく、感覚、感情、注意など複数の脳機能が関係する複雑な現象です。そのため、神経回路そのものを調整する治療が注目されているのです。
この考え方は、眼科領域にも無関係ではありません。例えば眼瞼痙攣の患者さんの中には、まぶしさや不快感、眼周囲の痛み、頭重感などを強く訴える方がいます。目の表面や筋肉の問題だけでは説明しにくい症状もあり、脳の感覚処理ネットワークの関与が考えられる場合もあります。眼瞼痙攣は大脳基底核などの神経回路の異常に関連する局所性ジストニアと考えられており、慢性疼痛研究で議論されている神経回路の概念と重なる部分もあります。
ただし、ここで紹介したニューロモジュレーション治療は、現在のところ限られた専門施設で研究や高度医療として行われているものです。自由が丘清澤眼科でこの治療を行っているわけではなく、また特定の治療法を推奨する目的の記事でもありません。本稿は、慢性疼痛研究の動向や日本における研究施設の情報を、公開されている資料やネット上の情報をもとにまとめた参考情報として紹介するものです。
慢性疼痛の研究は、神経内科、脳神経外科、麻酔科、精神科、リハビリテーション科など多くの分野が協力して進められています。今後、神経回路の理解がさらに進めば、難治性の痛みだけでなく、羞明や眼周囲の不快感など神経眼科領域の症状の理解にも新しい知見がもたらされる可能性があります。
神経眼科医 清澤のコメント
眼瞼痙攣の患者さんの診療では、単なる「まぶたの運動異常」だけでなく、まぶしさや痛みに近い不快感を強く訴える症例を経験することがあります。慢性疼痛研究で議論されている脳ネットワークの概念は、こうした症状を理解する上でも興味深い視点を与えてくれます。今後の神経科学研究の進展が、神経眼科領域の症状の理解にも役立つことを期待しています。また、患者さんの訴えを丁寧に聞いたうえで、もしニューロモジュレーションなどの専門的治療が必要と判断される場合には、こうした治療を行っている専門施設への紹介も考えていきたいと思います。



コメント