清澤のコメント:この裁判で無罪判決が出てよかったとばかり思っていたら、父親の故意ではないが、母親の無知の所為にしてしまっており、この程度の急性硬膜下出血は軽微な打撲その他で普通に起こり得るものだという藤原先生の唱える正しい認識とはまだ大分違っていたという事を指摘しているのだと思います。「法的に無罪になっても,『無実ではない』」では疑われた両親は報われないのですから。
――――記事の採録―――――
今日のクスリは(261)
藤原QOL研究所 代表 元都立墨東病院脳神経外科医長 藤原 一枝
(570-571) 薬事新報 No. 3256(2022)
一旦レッテル貼りされた医療上の社会的問題を科学的根拠と経験をもとに本道に戻すことがいかに難しいか。子宮頸がんワクチンなど他にも同様なことが多い気がします。ハンセン病やその他についても御用医学者や医学会,厚労省などの行政機関,マスコミなどの責任は大きいですね。 ─脳神経外科S名誉教授からの手紙─
「頭のどこを打てば危険か」ご存じですか?
行政を変えるには何が必要ですか?
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その改訂を2017年から公に訴え始めた私は,「赤ちゃんを転ばせないで!! ─中村Ⅰ型を知る─」 (三省堂書店 /創英社 2021年12月)の書評が全国版の毎日新聞に載った今年 2 月12日午後に,厚労大臣を務めた人物から,「君の主張は,所属する学会から厚労省に伝えるべきだよ」とアドバイスを受けた。
確認すると,学会としての要望書(2020年 4 月 20日付け)は届けていたが,当時の厚労大臣の目に触れぬまま放置されていたことが分かった。そういう力学の中に私たちはいる。
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「虐待による頭部外傷(AHT)の議論のみが一人歩きしすぎるとその他の虐待を見逃さないか,虐待の幅広さを矮小化しないか」と,当事者でない小児科医サイドから聞くが,最初に正確な情報の共有が必要である。
SBS(乳幼児揺さぶられ症候群)の症状,いわゆる 3 徴候(硬膜下血腫と眼底出血と脳浮腫)が発見され,親が虐待を疑われて起訴された裁判で,無罪となるケースが全国で相次いでいる。
無罪判決には2種類ある。犯罪があったかもしれないが,犯人と言い切れない(他に犯人がいる可能性がある)場合は,法的に無罪になっても,「無実ではない」ことがある。
もう一つは,そもそも「犯罪がない(犯罪を証明できない)」場合の無罪である。 3 徴候の原因が病気や事故など別にある場合だ。十分な証拠もないのに,「児童虐待をした」と無理矢理推認する根拠がSBS仮説だった。起訴の段階で安易で杜撰で恣意的であった可能性がありそうだ。
その組み立ては単純すぎるほど単純だ。
① どんなに軽くても 3 徴候があれば,SBS
② 痙攣など異変が起こった時が発症時刻
③ その時に傍にいた人物が犯人
④ 誰でも急に暴行(虐待)しうる,というもの。
日本では,「SBSと事故が鑑別されにくいと説く 脳神経外科医」の関与の全くない平成25年度改訂版の厚労省「虐待対応の手引き(手引き)」を日本子ども虐待医学会(JaMSCAN)幹部が仕切っているから,「手引き」が普及してきた時期から,誤認一時保護と冤罪が多発した。
無罪の10人において,起訴から判決確定までの期間は多くが3年半前後,長いと7年(この例は 平成26年に起訴されている)。そして,判決が出る まで,否,出てからも児には行政による一時保護や施設入所の親子分離が続いてもいた。面会制限もあり,乳幼児の発達や生活の質に目を向けないむごい実態なのだ。
1 年越しの日本脳神経外科学会の話し合いの要請を,日本小児科学会は真摯に受け止めてほしい。
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今年5月9日に新潟地裁で出たSBS裁判の判決は,23日に検察が控訴断念し,無罪が確定した。
9日,「5ヵ月女児揺さぶり,父親に無罪判決… 抱っこひもで階段や小走り原因の可能性指摘」と いう見出しのYahooニュースを2人の友人が連絡してくれた。見出し後半部に関してのコメントの応酬が盛り上がっているとも聞いた。Yahooニュー スは読んだが,2週間も経たないのに削除されていて,ここに再現できないことをまずお詫びする。
ただ,私とは立場の違う,非常に JaMSCAN寄りと思われる象徴的なコメントはメールに残っていたので,披露する。
医師を名乗るが,小児科医ではない人物が登場し,熱弁をふるっていた。 列記すると「揺さぶりによる虐待は珍しくもないが,その結果は取り返しがつかない /疑わしきは罰せずというのも分かるが,子どもを守るためにはなんらかの対策も要る /親が無知のために無防備に生活の中で揺さぶる環境にあったのだとしても,無知も罪ではないか /日本小児科学会の乳幼児揺さぶられ症候群についての公式発表を参照しろ /世界の流れにそぐわない非常に残念で非科学的な判決結果だ /通常の日常生活の揺れでは脳出血や脳梗塞は起こさない。それなりに大きな力がかかっている /抱っこひもで階段を走ったぐらいで,このような傷害が生じるのであれば,日本の至る所で同様の乳幼児がいるはずなのに,実際にはいない。何らかの大きな力が加わったと推測するのが自然だ(注:下線は筆者による)」などと, あることないこと,SBS信奉者らしい違和感と意見を表明していた。
身分に偽りがなくても,「専門性と正しい情報のない人間の単なる感想とつぶやきにすぎない」と切り捨てるのは簡単だが,この煽りは危険だ。特に発言の下線部分からは実際の資料や鑑定過程を知らず,最新のAHT研究の進展も知らないまま,大衆を扇動しようとする態度だ。だから,丁寧な説明をマスコミもしていかなくてはならない。
JaMSCANに影響力を持つ日本小児科学会は,「小児科医による虐待の判定は3徴に限らず総合的に判断されているので,現在のあり方に問題はない」と声明を出しているが,実際の現場(院内虐待防止委員会や児童相談所・警察・検察)では「 3 徴は虐待でしか起こりえない」と頭から信じている(JaMSCANの教育を鵜呑みにしている)人が大勢いるのだ。
落ち着いて,新潟の事例をまとめてみよう。
20代の夫婦の第一子の5ヵ月の女児に,2019年1月22日午後7時過ぎ,痙攣が起こり,新潟大学医歯学総合病院に入院した。3徴候が発見されたが,回復は順調で手術もなく,2 月8日退院した。病院から児童相談所に通告したので,退院日から 一時保護された可能性がある。父親は6月5日に逮捕され,7月3日には,「① 3 徴候があり,激しい揺さぶりなどで発症した,②発症は痙攣が起きた時刻,③犯行機会があったのは児と2人きりでいた父親だけだ」と,傷害罪で起訴された。
なお,痙攣の起きた1月22日の午後は家族でショッピングセンターに行っており,母親は抱っこひもで児を抱いていた。帰宅後,児を寝かしつけた後の午後7時頃は入浴していた。
毎日新聞によると,新潟地裁(佐藤英彦裁判長)は無罪(求刑・懲役2年6ヵ月)を言い渡し,検察側の主張に「合理的な疑いがある」とし,理由は①激しい揺さぶりではなく,「長女が母親に抱っこひもで抱かれていた際,階段の上り下りや小走りで揺さぶられたとも考えられる」と指摘,②血液検査の結果などから「発症は午後4〜5時ごろという合理的な疑いがある」としたという。
翌日には,国選弁護人の小林哲平・山田晶久弁護士からの説明がWEB上にあり,「①この乳児にもともと「良性くも膜下腔拡大と頭囲拡大」があり,架橋静脈が破断しやすい状況にあったため, 抱っこひもで抱っこしている状態で,階段を上り下りするような軽微な外力(衝撃)で硬膜下血腫等が発症した可能性があった。②当日採血の血中D-ダイマーの値からの発症予測時間だった」と説明されていた。
推認ではなく,科学的鑑定で判決は出ていた!
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さて,冒頭の質問,頭の打ちどころと,頭の「けが」の重症度との関係だが,1960年代に東京大学脳神経外科を受診した約3000人の統計では,32%が後頭部を打っていた。「後頭部を打つと,脳の前の部分が壊れやすいし,そこに血腫もできる。解剖でも理論でも証明されている。頭の打ちどころによって危険度が違う。昔から言われているように,後ろから打つ場合が一番危ない」と,中村紀夫・平川公義医師は,「頭を『けが』から守るために」(科学朝日,1968年)に書いている。
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ここで,乳幼児の年齢ごとの事故統計を消費者庁・消防庁・東京都保健局・日本小児科学会などから引いてみると,「落下・転倒」が多いことは明 白だったが,頭の打ちどころまでは記されていなかった。調査のし甲斐はありそうだ。
カット 岩永 泉
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