症状をわざと引き起こしてから脳を刺激するTMS治療は効果的?
――強迫性障害(OCD)とニコチン依存症におけるTMSの研究から
■ 背景
経頭蓋磁気刺激(TMS)は、うつ病、OCD、ニコチン依存症などの治療に使われる非侵襲的な脳刺激法です。頭部の外から磁気パルスを当て、脳内の特定の神経回路の活動を調整します。
近年、このTMSの効果は「脳がどんな状態にあるか」に左右されることが分かってきました。つまり、刺激の前にその人の脳を「症状が出やすい状態」にしておくと、TMSの効果が高まる可能性があるのです。
FDA(米国食品医薬品局)認可のOCDやニコチン依存症のTMSプロトコルでは、実際にTMS直前に患者さんの症状を意図的に誘発します。
* OCDでは、患者ごとの苦手な刺激(音や画像など)を提示して、不安や強迫感を高めます。
* ニコチン依存症では、喫煙欲求を引き起こす映像や匂いを提示します。
これにより脳が感情的・行動的に活性化し、TMSへの感受性が上がると考えられています。
■ 研究の目的
この研究(システマティックレビュー+メタアナリシス)では、「症状を誘発してから行うTMSは、本当に効果が高いのか?」を科学的に確かめることを目的としました。対象はOCDとニコチン依存症です。
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■ 方法
* データ収集:PubMedなど4つの主要データベースから、2024年8月末までの論文を検索。
* 対象研究:OCDまたはニコチン依存症に対するTMSのランダム化比較試験。
* 最終的に選定された研究数:71件(メタ解析には63件、計2,998名が参加)。
* 比較:
- 症状誘発ありのTMS vs 偽(シャム)TMS
- 誘発なしのTMS vs 偽TMS
- 誘発ありTMS vs 誘発なしTMS
* 主要評価項目:臨床的な症状改善の程度(標準化平均差SMDで評価)。
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■ 結果
* OCD
* 誘発ありTMSは偽TMSより明らかに効果あり(SMD=-0.51)。
* 誘発なしTMSも偽TMSより有効(SMD=-0.29)。
* ただし、誘発ありとなしの直接比較では差は統計的に有意ではなかった。
* ニコチン依存症
* 誘発ありTMSは偽TMSと比べて効果が境界的に有意(P=0.05)。
* 誘発なしTMSは偽TMSとの差が有意でなかった。
* 誘発ありとなしの差も有意ではなかった。
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■ 結論
症状を誘発してから行うTMSは、OCDやニコチン依存症の治療において効果を高める可能性があります。ただし、「誘発があると必ず優れている」と言えるほどの明確な証拠はまだありません。今後は、誘発ありとなしを直接比較する臨床試験が必要です。
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■ 一般の方向けまとめ
* TMSは、薬や手術を使わずに脳の働きを変える治療法です。
* 強迫症や禁煙治療では、あえて症状を軽く再現してから刺激することで、治療効果を高められる可能性があります。
* ただし現時点では、「必ずしも誘発が必要」とは言い切れず、さらに研究が必要です。
* TMSは日本でも一部施設で行われていますが、適応や方法は限られており、医師とよく相談する必要があります。
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出典
Bello D, Jones M, Gadiyar I, et al. *Symptom Provocation and Clinical Response to Transcranial Magnetic Stimulation: A Systematic Review and Meta-analysis.* JAMA Psychiatry. Published online June 4, 2025;82(8):768-777. doi:10.1001/jamapsychiatry.2025.0792
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