女性の尿失禁治療におけるボトックスの新しい応用 ― JAMA掲載のMUSA試験から
① 背景
尿失禁は多くの女性が抱える悩みです。特に「混合性尿失禁」と呼ばれるタイプは、咳やくしゃみで尿が漏れる腹圧性尿失禁と、急にトイレに行きたくなって我慢できず漏れてしまう切迫性尿失禁の両方が合わさった状態を指します。生活の質に大きく影響しますが、薬や生活指導で十分に改善しないケースも少なくありません。そのような場合、外科的手術や新しい治療法が検討されます。
② 研究の目的
今回の研究(MUSAランダム化臨床試験)は、膀胱の筋肉に直接「ボトックス(オナボツリヌス毒素A)」を注射する方法と、**尿道を支える「スリング手術(メッシュを使った尿道中央スリング)」**の効果を比較することを目的に行われました。どちらも既存の治療ですが、どちらがより効果的なのか、直接比較したデータは少なかったのです。
③ 方法
研究はアメリカの7つの施設で、保存的治療や内服薬で効果がなかった21歳以上の女性を対象に行われました。対象者は150人で、そのうち137人が最終的に解析に含まれました。平均年齢は約59歳。
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ボトックス群:膀胱に100単位のボトックスを注射。必要に応じて3〜6か月で追加注射も可能。
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スリング群:尿道の中部に合成メッシュを入れる手術。
両群とも、その後1年間フォローされ、必要に応じて治療の切り替えも行われました。
④ 結果
主要な評価指標は「尿失禁による生活の困難さ(UDIスコア)」の変化です。6か月後、
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ボトックス群:平均で約67点改善
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スリング群:平均で約85点改善
両群とも大きな改善がありましたが、統計学的に有意な差は出ませんでした。
ただし詳細をみると、
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ストレス性(咳やくしゃみで漏れる)尿失禁にはスリングがやや有利
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切迫性(急な尿意で漏れる)尿失禁にはボトックスが同等の効果
と特徴が分かれました。副作用の頻度は大きな差はありませんでした。
⑤ 結論
この研究から分かったことは、「ボトックス注射」と「スリング手術」のどちらを選んでも効果があるということです。治療法の選択は、医師の説明を受けたうえで、患者さんの希望や生活スタイルに合わせて決めるのが望ましいとされています。
清澤のコメント
私は眼科医として、主に眼瞼痙攣に対してボトックス治療を行っています。今回の研究は婦人科領域ですが、同じボトックスが尿失禁の治療にも応用されていることは非常に興味深い発見でした。ボトックスは神経と筋肉の働きを一時的に抑えるという基本作用を持ち、その応用範囲が眼から泌尿器科まで広がっていることを、患者さんにもお伝えしたいと思います。おそらく排尿の力を弱めるのでしょう。この話題は以前も読みましたが、質疑応答がJAMAに有りましたのでおおもとの原著を読み直し紹介しました。
📖 出典:Harvie HS, Menefee SA, Richter HE, et al. Midurethral Sling vs OnabotulinumtoxinA in Women With Urinary Incontinence: The MUSA Randomized Clinical Trial. JAMA. 2025;333(21):1887-1896. doi:10.1001/jama.2025.4682
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