白内障

[No.4282] レーベル遺伝性視神経症:LHONは、「母系遺伝するミトコンドリア病の一種で、若い男性に多い視神経の病気」です

レーベル病(レーベル遺伝性視神経症:LHON)は、「母系遺伝するミトコンドリア病の一種で、若い男性に多い視神経の病気」として知られていますが、実際には女性も発症しうる病気です。ここでは、とくに視神経萎縮を指摘され、「自分はレーベル病なのか?」と不安を感じておられる女性患者さんを念頭に、なるべくわかりやすく整理します。


1.男女比と「なぜ男性に多いのか」

LHON は母親からミトコンドリア遺伝子の変化を受け継いだ人の一部に発症します。一般的な国際登録のデータでは、患者さんの男女比はおおよそ「男性:女性=3:1」と報告されています。PubMed+1

一方、日本の全国疫学調査(2019年新規診断例69人)では、約9割が男性(62人中男62・女7 と推計)で、わが国では世界の報告よりも「男性偏り」がやや強いことが示されました。神戸大学 デジタルアーカイブ

ただし重要なのは、「女性保因者の多くは一生発症しない」という点です。ミトコンドリア変異を持つ人のうち、失明に至る視力障害を起こすのは男性でも半分以下、女性ではさらに少ないとされています。ウィキペディア

女性で視神経萎縮が見つかった場合も、必ずしも LHON とは限らず、他の原因(視神経炎、虚血性視神経症、圧迫性病変など)が多いことも覚えておいてよいと思います。


2.日本人に多い「11778番変異」と ATP 産生

LHON の多くは、ミトコンドリア DNA 上の「複合体 I(電子伝達系)」に関わる遺伝子の一点変異で起こります。日本人で最も多いのは「11778 番目の塩基」の変化(m.11778G>A;ND4 遺伝子)で、ミトコンドリア内で糖や脂肪からエネルギー(ATP)を作る電子伝達系の“心臓部”である複合体 I の働きを弱めます。神戸大学 デジタルアーカイブ+1

研究では、この 11778 変異を持つ患者さんの細胞で、複合体 I を使った ATP 産生が約半分程度に低下していることが示されており、視神経細胞(網膜神経節細胞)のようにエネルギー需要の高い細胞が特に障害されやすいと考えられています。サイエンスダイレクト+1


3.日本人にみられる LHON 変異の種類と頻度

日本の多施設共同研究(125 家系)では、いわゆる「3大変異」の頻度は次のように報告されています。CiNii

  • 11778 変異:91%

  • 3460 変異:4%

  • 14484 変異:5%

さらに日本人の LHON では、主な 11778 に加えて 3460、14484、そして稀な変異として 3394、7444、13708 なども報告されていますが、これらは全体の数%以下のまれなタイプです。PubMed+1

最近の 2019 年全国調査でも、新規患者さん 55 例中、

  • 11778 変異が 45 例

  • 14484 変異が 8 例

  • 3460 変異は 0 例

    と、やはり 11778 型が日本では圧倒的多数を占めることが再確認されています。神戸大学 デジタルアーカイブ


4.症状と日本人の特徴的な発症年齢

典型的な LHON は、

  • 片眼の中心がかすむ・ゆがむ・見えにくい

  • 数週間〜数カ月内にもう片方の眼も同様に悪くなる

  • 視力は 0.1 未満まで低下することも多い

    という経過をとります。

日本の調査では、男性の発症年齢の中央値は 30 歳前後、女性では 40〜50 代とやや遅めで、海外報告より全体的に発症年齢が高い傾向も指摘されています。神戸大学 デジタルアーカイブ+1

急性期には視神経乳頭周囲の血管が太くなり、網膜神経線維層がむくんだように見え、その後しだいに視神経萎縮へ移行します。


5.診断:本当にレーベル病かどうかを見極める

視神経萎縮を指摘された女性患者さんが LHON を心配されるとき、医師は次のような点を総合的に評価します。

  • どのくらいの速さで視力が落ちたか(急性か、ゆっくりか)

  • 片眼だけか、両眼か、左右差はどうか

  • 家族に似たような視力障害の人がいるか(母系の親族に多いか)

  • 視野検査で「中心暗点」が主体かどうか

  • OCT で網膜神経線維層や黄斑の神経節細胞層の薄さのパターン

  • MRI や血液検査で、圧迫性病変や炎症性疾患が否定できるか

そして最終的には、採血によるミトコンドリア DNA 検査で 11778 などの変異があるかどうかを確認して診断します。神戸大学 デジタルアーカイブ+1

女性の場合は、たとえ保因者であっても生涯発症しない方も多いため、「遺伝子検査を行うかどうか」は年齢、症状、家族計画、心理的負担などを含めて担当医とよく相談して決めることが大切です。


6.治療と今できること

残念ながら、現時点で「確実に治す薬」はまだありませんが、いくつかの治療・対策が検討されています。

  • 生活習慣の見直し

    喫煙と大量飲酒はミトコンドリアに負担をかけ、発症リスクを高めると考えられています。変異を持つ方や LHON が疑われる方には禁煙・節酒が強く勧められます。Lippincott Journals

  • 抗酸化薬・イデベノンなど

    海外ではイデベノンという抗酸化薬が、発症早期の患者さんで視力低下の進行を抑える可能性が報告され、ヨーロッパを中心に承認されていますが、日本ではまだ保険診療として一般的に使える段階ではありません。Lippincott Journals

  • 遺伝子治療

    11778 変異に対する遺伝子治療(AAV ベクターを用いた ND4 遺伝子導入)が海外で大規模試験(REFLECT 試験)として行われ、視力の部分的改善が報告されています。OUP Academic

    まだ研究段階であり日本では日常診療として受けられませんが、「将来的な選択肢」として期待されています。

  • ロービジョンケア

    一度低下した視力を完全に取り戻すことは難しいため、拡大読書器や強拡大レンズ、スマートフォンやタブレットの拡大機能などを活用し、生活の質を落とさない工夫も非常に重要です。


7.視神経萎縮を指摘された女性患者さんへ

女性で視神経萎縮を指摘されると、「母親や親戚に視力の悪い人がいるので、自分はレーベル病ではないか」と強い不安をお持ちになる方が少なくありません。

LHON はたしかに日本人では 11778 変異が圧倒的に多く、若〜中年の男性に起こりやすい病気ですが、「女性であること」「発症年齢」「発症の速さ」「家族歴」などを総合して考えると、別の病気の方がはるかに多いのも事実です。

気になる場合は、神経眼科専門医のいる施設で、OCT・視野・MRI・必要に応じたミトコンドリア遺伝子検査を受け、LHON かどうかを一度きちんと評価してもらうとよいでしょう。仮に LHON であったとしても、生活習慣の見直しやロービジョンケアなど、今からできることは少なくありません。


参考文献(患者さん向け解説用に主要なもの)

  1. Poincenot L, et al. Demographics of a Large International Population of Patients With Leber Hereditary Optic Neuropathy. Ophthalmology. 2020. PubMed+1

  2. Takano F, et al. Incidence of Leber hereditary optic neuropathy in 2019 in Japan: a second nationwide questionnaire survey. Orphanet J Rare Dis. 2022. 神戸大学 デジタルアーカイブ

  3. Mashima Y, et al. Multicenter study on the frequency of three primary mutations in 142 Japanese patients with LHON. 1999. CiNii

  4. Mashima Y, et al. Spectrum of pathogenic mitochondrial DNA mutations in Japanese patients with LHON. 1998. PubMed+1

  5. Korsten A, et al. Patients with Leber hereditary optic neuropathy fail to produce ATP properly via complex I. Biochim Biophys Acta. 2010. サイエンスダイレクト+1

  6. Newman NJ, et al. Randomized trial of bilateral gene therapy injection for m.11778G>A LHON (REFLECT trial). Brain. 2023. OUP Academic (図に誤字が多い点はご容赦ください。)

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