HPVワクチンは子宮頸がんをどこまで防げるのか
― 世界的到達点と、残る誤解について ―
背景
子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が主因となる、予防可能ながんです。WHOは2030年までの「子宮頸がん排除」を国際目標に掲げ、ワクチン接種、検診、治療の三本柱を推進してきました。2025年11月17日、初の「世界子宮頸がん排除デー」において、WHOはこの分野での大きな進展を報告しました。
目的
本記事は、WHOおよび最新の系統的レビューを通じて、HPVワクチンが子宮頸がん予防にどの程度有効かを整理し、世界的な到達点を明らかにすることを目的としています。
方法
WHOの発表に加え、以下の2つのCochrane Database of Systematic Reviews掲載研究が紹介されています。
1つ目は、約15万7000人を対象とした60件のランダム化比較試験の統合解析で、HPVワクチンが前がん病変や肛門・性器いぼを有意に減少させることを示しました。
2つ目は、1億3200万人以上を含む225件の観察研究の解析で、16歳以下で接種した女性は、将来の子宮頸がん診断リスクが約80%低下することが示されています。
結論
HPVワクチンは、特にウイルス曝露前の若年期接種において、子宮頸がんの発症を大幅に抑制することが、極めて大規模なデータで裏付けられました。中国での定期接種化、パキスタンでの大規模接種など、世界的な普及も進んでおり、子宮頸がんは「撲滅が視野に入ったがん」と言える段階にあります。
清澤のコメント
― HPVワクチンと「精神異常」論争について
日本では一時期、HPVワクチン接種後に**多彩な身体症状や精神症状(不安、抑うつ、解離様症状など)**が出現するとの報道が社会問題化しました。これを受け、接種と精神・神経症状との因果関係が強く疑われた時期があります。
しかしその後、
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国内外の大規模疫学研究
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WHO、CDC(米国疾病対策センター)、EMA(欧州医薬品庁)
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日本の厚生労働省研究班
いずれも、HPVワクチンと特定の精神疾患・神経疾患との因果関係を支持する科学的証拠はないと結論づけています。報告された症状の多くは、**機能性身体症状(心因性・ストレス関連症状)**や思春期特有の不定愁訴と重なって説明可能であり、接種群と非接種群で発症率に有意差は認められていません。
眼科診療でも、ワクチンや薬剤をめぐる不安が症状を増幅させる例を日常的に経験します。重要なのは、科学的根拠に基づいた冷静な情報提供と、症状を訴える方への丁寧なケアを両立させることです。
HPVワクチンは、数十万人規模のデータで「命を守る効果」が確認された数少ない予防医療です。誤解や恐怖によって、その恩恵を失うことがあってはならないと、強く感じています。
出典
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Pant S. Strides in Cervical Cancer Elimination. JAMA. Published online December 12, 2025. doi:10.1001/jama.2025.20021
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Cochrane Database of Systematic Reviews(HPV vaccination reviews)



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