白内障

[No.4585] 片眼を失うと、視覚の働きはどのように変わるのでしょうか。

片眼を失う、あるいは機能的に片眼しか使えない状態(片眼視、monocular vision)になると、視覚の働きはどのように変わるのでしょうか。眼科の臨床でも、外傷、網膜疾患、緑内障などにより片眼視となる患者さんは少なくありません。医学研究では、このような片眼失明者の視覚特性について、心理学、神経科学、リハビリテーション医学など多くの分野で研究が行われています。

まず最も大きな変化は「立体視(stereopsis)」が失われることです。通常、人間は左右の目の視差(両眼視差)を利用して奥行きを知覚しています。しかし片眼視ではこの両眼視差が使えないため、立体視検査(TitmusテストやRandotテストなど)は基本的に成立しません。したがって、両眼視に依存する精密な距離判断は困難になります。

しかし、片眼視だからといって奥行き感覚が完全に失われるわけではありません。人間は「単眼手がかり」と呼ばれる情報を利用して距離を推定することができます。例えば、遠近法、物体の大きさ、陰影、重なり、そして視点を動かしたときに生じる運動視差(motion parallax)などです。研究によれば、片眼視の人はこうした単眼手がかりをより積極的に利用するようになり、日常生活の多くの場面ではかなり正確な距離判断ができるようになります(Kraut & Lopez-Fernandez, 2002)。

この適応の一つの特徴が、頭部運動の増加です。物体をつかむ実験では、片眼視の被験者は両眼視のときよりも頭や体を動かす傾向が強く、視点を変えることで運動視差を利用して距離を判断していると考えられています。Marottaらの研究では、物体把持課題において片眼視の被験者は頭部運動が増加し、それによって距離判断を補っていることが示されました(Marotta et al., 1995)。

次に重要なのが視野の変化です。両眼視では左右の視野が重なって広い視野を確保していますが、片眼視になると水平視野はおよそ20~30%ほど狭くなります。特に失われた眼の側には死角が生じるため、交通環境などでは注意が必要です。例えば、車の運転やスポーツでは盲側から接近する物体に気づきにくくなることがあります。このため、多くの片眼視者は自然に頭や体を動かして視野を補うようになります。

また、患者さんの生活上の困難を調べた研究では、奥行き判断、運転、スポーツなどが課題として挙げられています。一方で興味深いことに、多くの患者さんは数か月から1年ほどで日常生活にかなり適応できることが報告されています。Codayらの調査では、片眼失明後に最初は距離感に強い不安を感じても、時間の経過とともに多くの人が生活上の動作に慣れていくことが示されています(Coday et al., 2002)。

最近の研究では、この適応には脳の可塑性が関係していると考えられています。視覚野や頭頂葉などの脳領域が、視覚情報だけでなく体の動きや触覚などの情報を統合し、単眼の情報から空間を理解する能力を高めていくのです。このような感覚の再調整は「sensory recalibration」と呼ばれています。

このように片眼視では確かに立体視の消失や視野の縮小といった変化がありますが、人間の視覚はそれを補う能力も持っています。頭を動かすこと、環境の手がかりを利用すること、そして脳の適応によって、多くの人が日常生活を十分に送ることができるようになります。片眼視の研究は、人間の視覚がいかに柔軟で適応能力に富んでいるかを示す興味深い例と言えるでしょう。

出典

Kraut MA, Lopez-Fernandez M. Adaptation to monocular vision. International Ophthalmology Clinics. 2002.

Marotta JJ et al. Adjustment of hand movements to monocular vision. Experimental Brain Research. 1995.

Coday MP et al. Acquired monocular vision: functional consequences from the patient’s perspective. Ophthalmology. 2002.

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