100年前の医学者が語った「現代医学への批判」― 科学と臨床のバランスを考える
医学はこの100年で驚くほど進歩しました。抗生物質、画像診断、遺伝子解析、そして近年では人工知能(AI)まで、医療の世界には次々と新しい技術が導入されています。こうした進歩により、多くの病気が早期に発見され、治療できるようになりました。私たちはその恩恵を日常の診療でも強く実感しています。
しかし興味深いことに、医学の進歩そのものに対して「それで本当に良いのか」と問い直す声は、実はかなり昔から存在していました。2026年に JAMA に掲載された「JAMA Revisited」という欄では、1926年に書かれた論説「現代医学への批判」が紹介されています。ちょうど100年前の医学評論ですが、その内容には現代にも通じる示唆が多く含まれています。
この論説は、医学の進歩を否定するものではありません。むしろ著者は、19世紀末から20世紀初頭にかけて医学が急速に科学として発展したことを認めています。かつて医学には哲学的議論や経験則が多く含まれていましたが、実験や科学研究が中心となり、医学は次第に科学的な基盤を強めていきました。感染症の理解や治療の進歩などは、その代表的な成果と言えるでしょう。
しかし著者は同時に、「進歩があるからこそ批判が必要だ」と述べています。満足してしまえば進歩は止まるからです。医学は常に自らを振り返り、問題点を見直し続けなければならないというわけです。
その批判の一つが、検査への過度な依存です。著者は当時すでに、医師が患者の症状や身体所見よりも検査結果に頼りすぎる傾向を指摘しています。特に当時普及し始めたレントゲン(X線)検査について、「診断を単純化しすぎて臨床医を怠けさせる可能性がある」とまで述べています。
これは現代の医療にも通じる問題かもしれません。現在ではCT、MRI、血液検査、さらにはAI解析まで多くの検査が行われています。しかし患者さんの話をよく聞き、身体所見を観察し、医師自身の経験や判断力を働かせることは、医学の基本として今も変わらない重要な要素です。
もう一つの批判は、未完成の科学を急いで臨床に応用しすぎることです。新しい研究成果が発表されると、その限界や誤りが十分に検証されないまま診断や治療に取り入れられることがあります。著者は、こうした背景には基礎研究者と臨床医の協力不足もあると指摘しています。研究室の知識と臨床現場の経験が十分に結びつかなければ、医学の成果は適切に活かされません。
さらに著者は、医学の進歩によって逆に人々の批判的思考が鈍る可能性にも触れています。新しい技術や「奇跡の発見」が続くと、人はそれを無批判に信じてしまいがちです。しかし科学において重要なのは、常に疑問を持ち、検証を続ける姿勢です。
論説の最後では、医学を支える本当の力として、勤勉で誠実な研究、正確な観察、健全な推論、迷信にとらわれない心、そして医学を科学であると同時に「芸術」として理解する姿勢が挙げられています。これらこそが医学を発展させてきた原動力であり、今後も医学を支える基盤になると述べられています。
清澤眼科院長コメント
この100年前の文章を読むと、「医学の悩みは今も昔も同じだ」と感じます。現在の医療ではOCTやMRI、AI診断など非常に高度な技術が使われています。眼科でも網膜や視神経の微細な構造を画像として見ることができ、診断能力は大きく向上しました。
しかし一方で、患者さんの訴えを丁寧に聞き、視力や視野、眼球運動などを自分の目で確かめるという臨床の基本が、やはり最も大切であることに変わりはありません。検査は診断を助ける重要な道具ですが、それだけで医療が完成するわけではないのです。
特に神経眼科では、症状の聞き取りや観察から診断に近づくことが多くあります。どれほど機械が進歩しても、最終的に診断を組み立てるのは医師の判断力です。100年前の医学者が述べた「観察力と健全な推論」という言葉は、現代の医療にもそのまま当てはまるように思います。
出典
JAMA Revisited: A Criticism of Modern Medicine. JAMA. Online published March 12, 2026. DOI:10.1001/jama.2025.15745
(原著:Singh VM, Irish Journal of Medical Science, 1926)



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