白内障

[No.4605] 病的近視でなぜ「眼球が後ろに膨らむ」のか ― 遺伝子解析で見えてきた新しい原因 ―

病的近視でなぜ「眼球が後ろに膨らむ」のか

― 遺伝子解析で見えてきた新しい原因 ―

近年、日本を含む東アジアでは近視の増加が大きな問題となっています。その中でも特に注意が必要なのが「病的近視」です。これは単に度数が強いだけでなく、眼球の構造そのものに変化が起き、視力低下や失明につながることがある状態です。

その代表的な変化が「後部ぶどう腫」です。これは眼球の後ろの壁が局所的に外側へふくらむ状態で、眼球の一部が風船のように弱くなって突出するイメージです。この変形が起こると、網膜や脈絡膜が引き伸ばされ、黄斑の障害や視力低下の原因となります。

では、なぜこのような変形が起こるのでしょうか。これまで環境要因(近業や遺伝)などが指摘されてきましたが、詳しい原因は十分にわかっていませんでした。

今回ご紹介する研究では、「全エクソソーム解析」という方法が用いられました。これは、人間の遺伝子のうちタンパク質を作る重要な部分(エクソン)を網羅的に調べる検査で、病気の原因遺伝子を探すために用いられる最新の遺伝子解析技術です。

この研究では、日本人の病的近視患者264人を対象に、超広角OCTやMRIなどを使って正確に後部ぶどう腫を診断し、その上で血液からDNAを取り出して遺伝子解析を行いました。

その結果、数千の遺伝子変異の中から、特に注目される遺伝子群が見つかりました。それが「コラーゲン」に関連する遺伝子です。具体的には、COL4A5、COL18A1、COL2A1、COL9A3という4つの遺伝子が重要であることが示されました。

コラーゲンは、皮膚や骨だけでなく、眼の中でも重要な役割を果たしています。特に、網膜の一番内側にある「内境界膜」や、網膜の外側にある「ブルッフ膜」といった構造を支える基盤の一部になっています。

今回の研究では、これらのコラーゲン関連遺伝子に異常があると、眼球の壁の強度が低下し、結果として後部ぶどう腫が形成されやすくなる可能性が示されました。つまり、眼球の「構造的な弱さ」が遺伝的に決まっている可能性があるということです。

特に興味深い点として、COL4A5という遺伝子の変異は女性に多く見られ、しかも全身症状を伴わず、眼だけに影響が出るケースがあることが示されました。この遺伝子は通常「アルポート症候群」という腎臓や聴覚の病気に関係することで知られていますが、今回の研究では眼だけの異常として現れる可能性が示唆されています。

この研究の意義は、病的近視の中でも特に重症な後部ぶどう腫の発症に「遺伝子」が深く関わっていることを明確に示した点にあります。今後は、遺伝子診断によってリスクの高い患者を早期に見つけたり、新しい治療法の開発につながる可能性があります。


出典(英語)

Wang Z, Chen C, Wu Y, et al.

Determining Genetic Cause of Posterior Staphylomas in Eyes with Pathologic Myopia by Whole Exome Sequencing.

(Ophthalmology, 2026)


清澤のコメント

これは東京科学大学眼科からの論文です。ラストネームは大野京子教授、ほかに鴨居先生の名も見えますが、そのほかは私の知らない若い世代の方々の名前で、留学生が多いようです。東京科学大学も一層国際化が進んでいるのでしょう。後部ぶどう腫はこれまで「進行した近視の結果」と理解されがちでしたが、本研究はその背景にある“組織の弱さ”が遺伝的に規定されている可能性を示しました。特にコラーゲン異常という視点は、今後の診断や予防戦略に大きな影響を与えるでしょう。外来でも「なぜ自分だけ進むのか」と悩む患者さんに、科学的根拠をもって説明できる時代が近づいています。

用語解説;全エクソソーム解析: 

全エクソソーム解析(Whole Exome Sequencing:WES)とは、ヒトの全遺伝子のうち「エクソン」と呼ばれるタンパク質の設計図にあたる部分だけを選んで解析する方法です。エクソンはゲノム全体の約1〜2%しか占めませんが、病気の原因となる遺伝子変異の多く(約85%前後)がこの領域に存在するとされています。そのため、全ゲノムを読むより効率よく、臨床的に意味のある変異を検出できるのが特徴です。

解析ではまず患者のDNAを抽出し、エクソン部分だけを専用のプローブで捕捉・濃縮したうえで、次世代シーケンサー(NGS)で高速に塩基配列を読み取ります。その後、得られたデータを正常配列と比較し、病気に関連する可能性のある変異を同定します。

臨床的には、原因不明の遺伝性疾患や希少疾患の診断、家族内発症の解析などに広く用いられています。特に眼科領域では、網膜色素変性症や病的近視、先天奇形など、遺伝的背景の解明に重要な役割を果たしています。一方で、解釈が難しい変異(意義不明変異)が見つかることや、エクソン以外の領域は解析できないという限界もあります。

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