白内障

[No.55] 菊池寛の短編、「マスク」をもう一度読みましょう

清澤のコメント:以前にも清澤眼科医院通信で紹介した短編です。

12534:謹賀新年:菊池寛の短篇「マスク」を読みました。

下記のリンクでその原本を読むことができます。ぜひご覧ください。前回は、マスクが盛んに推奨されているけれどトランプ大統領を始め「マスク無意味派」もいた時代でした。このところ、人ごみではマスクをするというのが常識になった半面、不織布でないウレタンの須藤氏マスクを使う人も増えています。たかがマスク、されどマスク、この先、情勢は迅速に変化するでしょうけれども、未だにマスクを掛けなくてはという感染症過剰反応派もいらっしゃいます。

菊池寛著、「マスク」の全文はこちら。したの動画はその朗読。。https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/kosodate/bunka/kikuchikan/kikuti.files/mask.pdf菊池寛は体が弱く、スペイン風邪が流行っていた時には「マスク」をしていたし、マスクをしている人を見ると共感を覚えたのだそうです。しかし、その流行が収まり、彼自身も外出にはマスクを着用しなくなった頃に野球観戦に出かけたときに、黒いマスクをしている青年を見かけます。そしてその青年に憎悪を感じたというお話です。

私も、社会が人ごみの中でマスクをすることを求めている間には、あえてそれに逆らおうとは思いません。また、その風潮も批判しようとは思いません。しかし、感染者数も減ってきて、マスクの意味が減ってきた今となっては、マスクでは呼吸も苦しいので、常にマスクをしていようとは思いません。既に薄手のウレタンマスクをしている人々の感情も同様のものだろうと思います。

次の動画がこの間の事情を詳しく説明しています。

「チフスや流行性感冒に罹つて、四十度位の熱が三四日も続けばもう助かりつこはありませんね」(と、医者は言う)

病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、文明人としての勇気だよ。誰も、もうマスクを掛けて居ないときに、マスクを掛けて居るのは変なものだよ。が、それは臆病でなくして、文明人としての勇気だと思うよ。:(と、誇りをもってマスクを続けた。)

自分はそれを見たときに、ある不愉快な激動を受けずには居られなかった。その男が、何となく小憎らしかつた。(自分がマスクをしなくなったのに、マスクをした人を見てショックを受け、憎悪を感じた。)

◎(私が)「此の男を不快に感じたのは、此の男のさうした勇気に、圧迫された心持ちではないかと自分は思った。」(からだろうと菊池寛はきしている。)

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