清澤のコメント: 暫くご無沙汰いたしました。自由が丘清澤眼科の開院も近づき、漸く「自由が丘 清澤眼科」もグーグル検索に掛かるようになって来ました。今回の話題は、東京大学水島 昇教授のNature ダイジェスト Vol. 18 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2021.21103の記事です。水島先生の地道な研究の道筋を科学ライター氏が聞き取って記事にしています。具体的成果よりも「疑問や謎をきっかけとするクエスチョンドリブンの研究は、それが良い疑問ならば良い研究であるはず」というあたりが肝でしょう。それにしても見事な長い研究の道のりです。
その仕組みはほとんど解明されていなかったのです。
なかなか手応えを感じられない日々
–– 水晶体に最初に興味を持ったきっかけは?
2003年、水晶体で起こる細胞小器官の分解はオートファジーによるものと思ったのです。ところが、水晶体における細胞小器官の分解は、オートファジーによるものではないと判明したのです。
–– それからどのように研究を進められたのですか。
新たな細胞内分解システムが発見できるかもしれないと思い、候補遺伝子を調べたが、ダメでした。
–– ゼブラフィッシュに変えたのはどうしてですか。
卵から孵化するまでの胚が透明なので、水晶体が形成される段階を観察するのに適していました。ゲノム編集技術がちょうど登場していましたが、仕組みに関係する遺伝子は見つかりませんでした。その後水晶体で細胞小器官が消失する様子をライブイメージングで撮影することに成功しました。
–– 消失する瞬間が見られるとは素晴らしいです。
森下さんが、核消失の原因を突き止めるまでがんばると言ってくれて、実験が続けられました。実験動物をゼブラフィッシュに変えてからも、4年間くらいは、原因となる因子が見つかりませんでした。
発想を変えて、膜の分解に注目する:転機は
ライブイメージング動画の中で、細胞小器官内部の蛍光色素が細胞内に広がっていった。細胞小器官の膜が破れ、内容物が拡散している。膜は脂質ですから、脂質分解酵素に注目し、PLAAT酵素ファミリーが、水晶体の細胞質分解に必要と突き止めた。この酵素は、サイトゾル酵素でした。
–– それまではどのような遺伝子を調べていたのですか。
リソソームの袋に含まれている酵素を中心に調べていました。オートファジーという既存の発想に捕らわれていたようで、サイトゾルの酵素は見逃していました。
–– 酵素の発見で長い研究も一段落しましたね。
酵素が見つかった段階でNature 査読者から、「サイトゾルに溶けている酵素がどのようにして細胞小器官の膜を分解するのかを説明する必要がある」と指摘されました。さらに実験に明け暮れた末に成功したのです。ウイルスの研究者から2017年エンドソーム膜に小さな穴が開くと、そこをめがけてPLAATが移動し、その穴を広げていくことが示されていました。
–– 水晶体においてもPLAATはそのように働くのですか。
細胞小器官の膜に小さな穴が開くと、サイトゾルに存在していたPLAATがそこに移動して穴に突き刺さり、膜を分解することを証明し、Nature に再投稿してアクセプトされました。
–– 長かった研究が、今度こそ、本当に一段落ですね。
森下さんが粘り強く研究を続けてくれました。最近は、大規模なデータドリブン(データ情報を基に判断する)の研究が多くなってきましたが、クエスチョンドリブンの研究も健在であることを示せました。
–– 今回の研究ではイメージングが重要な役割を果たしました。
研究室内の蛍光顕微鏡と電子顕微鏡です。顕微鏡の使い方には2つあって、見えるはずのものを見て確認する場合が1つ。もう1つは、まず顕微鏡をのぞいてみて、そこで何が起こっているかを探る場合が1つです。後者が研究を進める上では大切だと思います。
夢中になれる研究テーマに出合えるように
–– 今後はどのように研究を展開されますか。
PLAAT酵素ファミリーが水晶体以外の脂肪組織や精巣でも働いていないか、調べています。また、膜の分解にも注目していきたいと考えています。これまでの細胞内分解システムの研究で調べられているのは、タンパク質の分解ばかりで、膜の分解はほとんど分かっていません。
–– 今、若い研究者に何を期待しますか。
異分野の研究に積極的に接してほしい。広く興味関心を持つこと。結果的に、いろいろと楽しい研究生活につながると思うのです。私のラボでは今、進化学や物理学などの分野の人たちも在籍し、席替えを頻繁に行っています。隣の席と雑談くらいから始めるのがちょうどよいのではないでしょうか。大学院のテーマに固執せず、自分に一番向いているテーマを見つけてください。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
水島 昇(みずしま・のぼる)
東京大学 大学院医学系研究科 分子生物学分野 教授
1991年東京医科歯科大学卒業、2006年東京医科歯科大学教授、2012年より現職。
参考文献
- Morishita, H. et al. Nature 592, 634–638 (2021).
- Nishimoto, S. et al. Nature 424, 1071–1074 (2003).
- Staring, J. Nature 541, 412–416 (2017).
- Morishita, H. et al. Cell Rep. https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.108477 (2020).
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