飛蚊症

[No.49] “べらぼうめ”の眼  ─有るものをないとは─:藤原一枝医師のビジュアルスノー(visual snow)の記事引用

清澤のコメント;「開院おめでとうございます。  本日、先生のことを世間にご紹介申しました。  「週間薬事新報」ですが、電子化されていて、書籍媒体ではございません。 藤原一枝」というメールをいただきました。ありがとうございます。早速採録いたします。図は「転倒に伴う急性硬膜下出血を乳児虐待との冤罪を掛けられ、児童相談所によって子供と隔離されるという事例」を問題にした藤原先生の著書です。

“べらぼうめ”の眼

─有るものをないとは─

今日のクスリは(254) 藤原QOL研究所 代表 元都立墨東病院脳神経外科医長 藤原 一枝

 

 

目がショボショボしていた。  郷里の知人から,元気付けにと松山銘菓「タル ト」が送られてきた。宅急便の送付品名の記述を 眺めていたら,「骨太」という文字が飛び込んでき た。「骨太? イイネ」と反応した後で,「なんで, 餡をカステラで巻いた菓子が,骨太になるのか?」 と慌てる。包装を急いで解いて,菓子を食べても 答えは出ない。

脳にグルコースが充足した後でゆっくり眺める と,そこにあったのは「特大」という店員さんの 手書き文字である。普通に特大,骨太と書くと似てなどいないのだが,「偏 へん と旁 つくり 」を接近して書いているので,そう見えたのだ。人のセイにする。 とはいえ,見間違い,視力低下,連想力などの言い訳の後には,「瞬時の認知力の低下」も挙がりそうでコワイ。べらぼうめ。

頼りにしている眼科医の清澤源弘 ひろ 医師は,勉強熱心であるだけでなく教育熱心な人物である。十何年も清澤眼科通信を発信している。東京医科歯科大学の臨床眼科教授でもあったが,15年間江東区で開業していた医院は人に任せて,11月 1 日か ら「自由が丘清澤眼科医院」を開業する。私達が 最も頼りにするのは,日本神経眼科学会理事たる彼の学識だ。

網膜から入った光の刺激が,視神経を通り,脳の後頭葉(第一次視覚野)に入り,さらに変換されて脳内各所に情報伝達され,何が見えているという“意味づけ”が行われる。そのような眼球と脳の共同作業の問題を扱うのが神経眼科だが,広範な脳の情報処理領域の問題である。

清澤医師が新しい病気について,「現代ビジネス」で解説した記事を見た。表題は,「目の中に荒れ 狂う“砂嵐”が…五輪メダリスト・水谷隼が明かした『目の異変』の正体」だった,    エッ!!

東京五輪が始まって間もなくの卓球混合ダブルスでの金メダルに国内は沸いたが,普段スポーツを見ない人間にも男子卓球選手・水谷の登場は,技術の高さとメンタルの強さを印象付けた。だが,あのサングラス姿や五輪後の現役引退の話にも特にこだわることなく過ごしていたのだったが,いずれもが,持病と関係していたとは!!

水谷隼選手の病名は「ビジュアルスノー症候群」であった。 この聞きなれない病名は,Wikipediaでは「Visual snow(ビジュアルスノー)は,視野の一部また は全体に白い点または黒い点が見える視覚障害,Visual static,視界砂嵐症候群とも呼ばれる」とある。テレビ放送終了後のテレビ画面のスノーノイズのような砂嵐が見えているらしいが,他者にとってはこの“雪”は,患者自身の内因性視覚ノイズと仮定されている。

視覚の妨げになる症状は,ボールを追う選手には致命的で成績は下がる。水谷選手は2013年に「ボールが視界から消える」体験があったが,視力矯正にレーシック手術なども行って,一時症状はなくなっていたらしいが,2018年から常時見にくい状態になっていたらしい。これらは,2021年 9 月24日彼が上梓した「打ち返す力 最強のメンタルを手に入れろ」(講談社)に詳しい。

彼の症状について,清澤医師は,現代ビジネス編集部に次のように答えている。

「神経眼科の臨床医として患者さんを診察する中で,私自身が最近見つけた共通項は,ビジュアル スノーの患者さんは,おおむねコントラスト感度が弱いということ。真っ白なペンキ文字を『輝度 100』とし,真っ黒の墨を『輝度 0 』とします。その感度を少しずつ変化させて漆黒を濃い灰色に, 真っ白を薄いグレーにしていく。通常の人間ならば30%の濃淡があれば文字が読める(識別できる)のですが,ビジュアルスノーの人は60~70%の濃淡でないと読めないのです。水谷さんは自著の中で“ボールが消える”と表現していましたが,これは背景にボールが溶け込んでしまった状態を指すのかもしれません。このような視覚受容系の疾患はよりやっかいです。なぜならば,これは当人の目(もしくは頭)の中で起こっていることで, 周囲からはうかがい知れない。眼科医である私たちさえも,本人の訴えを話として聞くことはできますが,症状として見ることができないのです」

症状の苦しさを,水谷選手は著書に「おそるべ きことに,砂嵐は目を閉じても続く。眠ろうとしても,まぶたの中でザワザワとノイズが騒ぎ続ける。耳鳴りや偏頭痛のように『慣れる』『そういうものだとあきらめる』という姿勢でやりすごすしかない。不眠に苦しむことも多くなった」「理解されないことが,一番苦しい」と書いている。

彼は,国内外の眼科医や脳神経外科医にかかり,検査を限りなく受けるが,異常は発見されず,病名はつかない。自らの症状をインターネットで検索しまくり,ついにある病名にたどり着く。

2013年にイギリスでVisual Snow Syndromeとして報告されていたが,新しい病気に治療法は確立しておらず,向精神薬や抗てんかん薬や片頭痛の薬が試されていたが,確実な効果を出してはいなかった。色付きメガネを着用することが勧められている。

東京五輪で彼が掛けていた印象的なサングラス は,山本光学に特注で作ってもらった「SWANS」 というブランドのサングラスで,サーブ用にレンズの上ではなく下にフレームがついている。照明のきつさを緩和する微調整付きで,視界が良くなっ たことが今回の勝利に役立ったようだ。

著書で,水谷選手は,「眼球そのものは映像を正確にキャッチしているが,映像の受信機(脳)に 何らかのバグやエラーが生じ,眼球に映った映像を正確に認識できない。脳に何らかの異常があると考えられる」という仮説を立てる。

研究者サイドでは「視覚野の抑制と興奮の不均衡で手がかりは,影響を受けた人のコントラストと明るさの両方の妨げられた知覚であり,ある意味で,一次視覚野の過興奮の可能性と一致している。この仮説は,脳内の2つの領域である右舌回 と左葉前部小脳で高いグルコース代謝回転と関連する」との説明もある。

ともあれ,他者(既存の検査)では見えない,見えにくい,気付きにくい障害である。それ故に, 精神を病み,自殺する人まであることに,彼はカ ミングアウトを決心し,この新刊を発行した。

「卓球界の最前線からは引退になったが,病気に心まで打ち負かされたくない」が,彼のメンタルであり,自分がカミングアウトすることで,世間に周知され,理解が進み,研究や治療が進むことを願うという。既に,井上眼科病院グループや清澤眼科では受診患者は増えているそうである。

清澤医師は「このちらつき症状は,神経眼科的 には“視覚陽性現象”で,本来存在していないものが見えてしまうことです。この視覚陽性現象が続くのは,高次脳機能に何らかのバグがあるのではないかとも考えられるようになってきています」と,交通事故や脳卒中由来と違う高次脳機能障害の存在を示唆した。

お江戸の五ノ橋豊国通り商店会は江東区亀戸駅 の南側に位置し,明治通りに面した長さ250mに渡る商店街で,拙宅に近い。商店街名は五ノ橋(旧 五ツ目の渡し)の際に住んでいた江戸末期の売れっ子浮世絵師「三代目歌川豊国」に由来している。最近,この商店街の屋外広告幕には,歌川豊国の役者絵に「べらぼうめ」と「Never Give Up!」が 染め抜かれたものが多数はためいている。

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