護身用催涙スプレーの誤噴霧の患者が来ました(以前の南砂町清澤眼科医院通信記事の修正再録です。)
護身用催涙スプレーの誤噴霧の患者が(南砂町清澤眼科を)夕方の終了間際に受診しました。その時の記事です。
患者の処置が終わってから、いくつかの文献を探してみましたが、カプサイシンが暴露した眼の治療にはは15分以上流水で洗うことが推奨されているだけです。職場にあったライター状の赤い小瓶を何かと思って扱ううちに誤って噴霧し、顔面に浴びてしまったという若い女性。職場の同僚に付き添われて来院しました。十分に流水で洗ってから来院したということでしたが、その目的の通りに両眼の流涙と、それより強い眼面のひりひり感が主訴でした。細細隙燈顕微鏡では結膜にやや強いビマン性の充血がありますが、角膜や前房には炎症所見なし。くしゃみはしていませんでした。来院後にまず痛み止めを点眼して落ち着かせ、さらに前眼部の水洗を加え、そのあと医師が生理食塩水で十分に洗いました。視力は良好、PHが中性なことを確かめて、ステロイド軟こうを両眼に入れました。”後遺症は残りにくいとは思うが明日の朝一番に再来せよ”と指示して帰宅させました。
スプレーには成分として、カプサイシン、辛子などの成分と、炎症は起こすが後遺症は残さないとは英語の記載がありましたが、さて?カンスキーの臨床眼科学を開いてみても酸アルカリ以外の記載はなく、手掛かりなし。wikipedia記載の要点は次のとおりでした。
ーーー症状などの要点のみ引用ーーーー
一般的に市販されている催涙スプレーのほとんどはクロロアセトフェノン(CNガス)、クロロベンジリデンマロノニトリル(CSガス)、トウガラシスプレー(OCガス)のいずれかを主成分としている(一部には以上のガスを複数混合したモデルもある)。
カプサイシンを主成分とするOC(Oleoresin Capsicum)ガスは、常温下では主に油状の液体で、スプレー缶より勢いよく噴射される。これを顔面にスプレーされると皮膚や粘膜にヒリヒリとした痛みが走り、咳き込んだり涙が止まらなくなるなどといった症状が現れる。
30~40分程効果が持続した後、完全に正常な状態に戻るには数時間ほどの時間を要する。噴射した相手に失明の危機や後遺症を残すような事はないとされている。
日本では、催涙スプレーを悪用した異臭騒ぎ等の悪戯や、強盗事件、傷害事件などが度々報道され、問題となっている。
催涙スプレーに関連した事件が続発し、日本では近年、犯罪目的の使用や悪戯を犯せば刑事と民事の両面から厳重に処罰される傾向にある。また、操作ミスで誤射してしまった場合でも、犯罪として処罰される可能性がある。
ーーーー引用終了ーーー
さて、トウガラシガスの主成分”Oleoresin Capsicum”の毒性は?という論文があります。やや専門的ですが翻訳してみます。この雑誌は眼科でも信頼性の高い雑誌です。
ーーーー引用開始ーーー
表題:トウガラシガスの主成分”Oleoresin Capsicum”の毒性は?
(Effects of Oleoresin Capsicum Pepper Spray on Human Corneal Morphology and Sensitivity)
出典;Investigative Ophthalmology and Visual Science. 2000;41:2138-2147.
著者 Minna Vesaluoma ほか
目的:
神経毒カプサイシン(トウガラシオレオレジン、oleoresin capsicum, OC)を含むスプレーの、角膜構造、神経分布、および感度への潜在的に有害な効果を調べる。
方法:
研究に志願した10人の警察官が、OCにさらされて、その臨床的徴候が評価されました。角膜の感度は、非接触知覚計を使用して測定されました。機械的要素と、化学的要素と、熱に対する角膜の感度を測定しました。涙液中の神経成長因子(NGF)も測定されました。角膜の細胞層と基底膜下の知覚神経線維も、共焦点顕微鏡で測定されました。被検者は薬剤への暴露前と暴露の30分後、1日後、1週間後に調べられました。
結果:
OCスプレーは1日以内に回復する共焦点顕微鏡で検出できる上皮細胞の障害を引き起こし、2例では軽い結膜浮腫を示していました。一例を除き、良好な矯正視力(BCVA)を示しました。
機械的接触に対する感度の一時的低下が暴露1日目に角膜知覚計で観測されました。ガス知覚計で機械的な感度の正常値以下への低下は7日間残っていました。2酸化炭素への化学物質過敏は、最大1日間持続し、1週間後には正常な感度以下に減少しましたが、冷たさへの感度は影響を受けませんでした。
対象の内の2人の角膜には、NGFが検出されました。基底部にある上皮細胞の形は、一時的な腫大を示しました。しかし、角膜細胞、内皮細胞、基底膜下の神経線維に変化は有りませんでした。
結論:
OCは角膜の機械的な刺激に対する感度の一時的な上昇と化学物質に対する過敏性を引き起こし、これが一週間程度続きましたたが、角膜へのOCの一回の暴露は角膜には無害であると考えられた。
角膜の変化は、ことによると主に髄鞘のない知覚受容線維の神経末端の障害に関連しているかもしれません。
ーーー引用終了ーーーー
このほかいくつかのページをみましたが、別の文献によると眼は15分以上流水で洗うことが推奨されていました。
このように危険なものは、護身用とはいえ持ち歩いたり保存したりせぬ方が無難と思われました。
https://www.kiyosawa.or.jp/uncategorized/36808.html/
追記:(南砂町の清澤眼科医院通信が消える可能性が出てきましたので、移植しております。)
2016年10月12日
8205:新宿の駅構内で騒ぎ 催涙スプレーをまかれたらどうする?:記事紹介です
先月末、帰宅する会社員や学生でごった返す東京・新宿区の私鉄駅の構内で催涙スプレーがまかれる騒ぎがありました。目やのどなどの痛みを訴えて病院に9人が搬送されたそうです。最近はこの手の催涙スプレーによる騒ぎが時々報じられますが、被害を受けたとき、どうすればいいのでしょうか?
私はかつて護身用の催涙スプレーを誤噴霧した女性患者さんを診たことがあります。そのときのことをお話ししましょう。
患者さんは職場にあった赤い小瓶のスプレーを化粧品か何かと勘違いして顔に噴霧した女性です。催涙スプレーの裏には“カプサイシンと呼ばれる唐辛子の成分が入っていて、後遺症はない”との英文が書かれていました。職場の同僚と連れ立って医院に来たときには水で目を十分に洗ったというものの、目から涙が出て、目のヒリヒリ感が止まらない状態でした。
細隙灯顕微鏡と呼ばれる拡大鏡を使った目の検査をしたところ、結膜に強い充血がありましたが、角膜や前房には明らかな問題はありませんでした。
そもそも催涙スプレーというのは、カプサイシンにより目の角膜や結膜の表面の神経端末を刺激して痛みや涙を出させるもので、後々障害となる肉体的なダメージはほとんど起こさないものです。
もう一度しっかりと目を洗ってもらったうえで、医師が生理食塩水で洗いました。両目の視力は問題なく、pHも中性であることを確認したうえで、ステロイド軟こうを入れて、翌日一番で医院に来るように指示しました。約束通り、翌日一番でやってきたこの女性の目のヒリヒリ感と止まらない涙は解消していました。催涙スプレーの成分が目に入ったら、水道水で目を洗い、すぐに眼科医院へ行くことです。
(清澤眼科医院・清澤源弘院長)
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◎今週の話題として先週金曜日にこのブログを見てくださった日刊ゲンダイの記者Iさんのインタビューを受けました。
その記事です
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