昨日私は「不思議の国のアリス症候群」を説明しましたが、日本の眼科8月号、眼科医の手引 <1037>に井上眼科病院 山上明子先生が、幻視をきたす疾患・症候群の解説をコンパクト且つ正確にまとめています。幻視という症状は神経眼科医ではない一般の眼科医には判断が少し難しいですが、その記事の概要を此処に採録します。自分の症状が気になる方は、まず眼科を受診してご相談ください。
―――記事概要――――
幻視とは実在しないものが見える現象で,光や幾何学模様など無意味な内容をもつ単純幻視と,人・ 動物・物体・風景など意味のある内容をもつ複雑幻視がある。一方錯視は実在する視覚対象が誤って認識される現象であり,幻視と錯視は合併していることも多い。病的な幻視や錯視を起こす全身疾患としてLewy小体型認知症,パーキンソン病,多発性硬化症,てんかん,脳梗塞,薬剤誘発性(抗コリン薬や覚せい剤),解離性障害,統合失調症スペクトラムなど精神神経領域の幅広い病態に関連して出現するので眼 症状以外の全身疾患や投薬状況について確認することは重要であるが,視覚経路の障害によっておこるCharles Bonnet Syndrome(シャルルボネ症候群と発音)(以下 CBS)や器質的異常がみとめられないVisual snow syndrome(ビジュアルスノウ症候群)(以下 VSS)も存在する。今回は幻視や錯視を訴えて眼科を受診することの多い疾患・症候群について紹介する。
1.Visual snow syndrome1) VSS とは視界全体に細かい点が無数に動いて見える視覚陽性現象が持続している疾患で,そのほか 視覚保持や内視現象の亢進,羞明などを合併する。 (診断基準を表 1 に示す略)。
VSS の視覚陽性現象は両眼性で眼球を動かしても位置の変化が起こらないこと,閉眼によって症状がすぐに消失しないことが特徴であり,詳しく問診を行うと硝子体混濁による飛蚊症と臨床症状が異なる。本邦における VSS の報告でも2),発症年齢は 様々で視覚陽性現象の内容も症例ごとに異なり多彩な臨床像が示されている。
(表1 VSS 診断基準1)ここでは長くなるので引用を省略する)
発症機序として 18F-フルオロデオキシグルコースポジトロン断層法(18F[1]fluorodeoxy glucose positron emission tomography: FDG-PET)で視覚連合野の一部である舌状体の糖 代謝異常が報告されているが,単一の脳領域や機能単位に起因するものではなく,視覚系の異なる部分間の協調や相互作用の障害によって生じ一次視覚野 と二次視覚野の抑制的調節が失われることによって 過活動が起こるというネットワークの障害とも考えられている。
2.Charles Bonnet Syndrome (シャルル・ボネ症候群)3) CBSは視覚経路の障害によって幻覚が生じる疾患で,認知機能に問題がなく,幻覚は現実のものではないと認識できる洞察力があり,他の神経変性疾患や心理的疾患がない状態である。様々な眼疾患による視機能障害で起こるが,高次の視覚経路の障害でもCBSは発症する。CBSの幻覚は,単純なものも複雑なものもあり視野欠損の部分にのみ出現する場合と,視覚情報が薄れた実際に見えている画像の上の幻視が重なることもある。 幻視のエピソードは数秒から数時間続き,数日から数年にわたり繰り返し発生し,約 6 割の患者が同じパターンの幻視であり,約半数の症例はカラーで幻視を見ているとされる。また視力低下の程度は幻覚の複雑さを決定しないことも報告されている。 CBS のメカニズムは解明されていないが,眼および視覚経路の損傷により大脳皮質への感覚的な視覚入力がなくなると,視覚連合野の自発的な神経細胞放電がおこり,その結果幻覚が放出されるという説がある。
加齢性眼疾患研究2の参加者における加齢性眼疾患とシャルルボネ症候群との関連(Le et al):に対するGary Brownのレター
3.認知症における幻視 認知症における幻視はLewy小体型認知症で最も多いが,認知症を伴うパーキンソン病やアルツハイ マー型認知症,血管性認知症でもみられる。 Lewy 小体型認知症は進行性認知症の一種で病初期には記憶障害が目立たず,記憶以外の認知機能 (注意,遂行機能,視空間認知など)の障害や,レム期睡眠行動異常,パーキンソニズム,自律神経症状,うつ症状などがみられ,また繰り返し出現する構築された具体的な幻視の出現が中核的な特徴とされる4)。臨床的には眼疾患のある高齢者の場合にはCBSと認知症による幻視の鑑別は困難と考えられる。
4.不思議の国のアリス症候群 Alice in Wonderland syndrome5) 不思議のアリス症候群は 1955年に初めて報告された視覚認知の歪みを特徴とする疾患である。具体的には外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常と異なって自覚され,小視症(外界が実際より極 めて小さく感じられる)や大視症(大きく感じられ る),変視症(歪んで見える)や本来と距離感が違う(ずっと遠くに感じられたり,近くに感じられる),体の一部のサイズが変わるなどを自覚する。さらに時間の歪み(早く感じたり,遅く感じたり)も合併する。これらの現象は数分~数時間持続してもとに戻るのが,その症状が何年も続くことがある。発症は若年者から高齢者までみられ,若年齢でみられるものでは感染性脳炎(EB ウイルス感染が 多い)が多く,成人・高齢者では神経系疾患が多く,感染の報告は少ない。うつ病や統合失調症でも同様の症状がみられることがある。
[文 献] 1) Schankin CJ, Maniyar FH, Sprenger T, et al. The relation between migrane, typical migrane aura and “visual snow”. Headache 2014; 54 : 657- 966.
2) 光畑みずほ,若倉雅登,岩佐真弓,他.Visual snow syndrome の日本人 21 例の検討.日眼会誌 2021; 125 : 438- 445.
3) Pang L. Hallucinations experienced by visually impaired: Charles Bonnet Syndrome. Optom Vis Sci 2016; 93 : 1466- 1478.
4) 水上勝義.高齢者でよくみられる精神疾患 レビー 小体型認知症.日本医師会雑誌 2022; 151 : S246- 248.
5) Blom JD. Alice in Wonderland syndrome: A systematic review. Neurol Clin Pract 2016; 6 : 259- 270.
清澤注:山上論文を抄出し、私の記事にリンクした。
解離性障害:本来一つにまとまり繋がっている意識や記憶、知覚、アイデンティティ(自我同一性)が、一時的に失われた状態のことを言う。 この状態になっている時は、意識や記憶、思考、感情、知覚、行動、身体イメージが分断されて体験される。
視覚陽性現象:視覚では、実際そこには存在しないものが、映像として見えることがあります。 これを「視覚陽性現象」といい、一部、または全体が見えなくなる視覚陰性現象と対比的に扱われる。 視覚陽性現象で、健常者でもよくあるのが 飛蚊症 ひぶんしょう である。
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