神経眼科

[No.3636] 脳疾患で「目の奥の網膜」も痩せる?:JJO記事紹介

脳の病気で「目の奥の網膜」も痩せる?――視野障害と網膜の関係に注目

脳卒中や脳の病気で、視野が欠ける患者さんが居ます。
実はこうした脳の病気は、脳だけでなく「目の奥の神経や網膜」にも影響することがあるのです。今回ご紹介する研究は、脳の後ろの方にある膝状体より後ろの病変が、網膜にある神経細胞をも萎縮させるというお話です。

脳の「後ろの病変」とは?

脳には視覚に関わる視覚伝導路があります。目から入った情報は、視神経視交叉視索を通って、脳の外側膝状体(LGN)を経由し、後頭葉の視覚野へと届きます。

この「外側膝状体より後ろ(膝状後)」に障害が起こると、視野の左右片側が欠ける「同名半盲」などが生じます。たとえば右後頭葉が障害されると、両眼とも左側の視野が欠ける――という現象です。

目の奥の「網膜」もダメージを受ける?

この研究では、脳の障害の後に、目の奥にある「網膜神経節細胞複合体(GCC, ganglion cell complex)」が痩せてしまう現象について調べました。GCCとは、視神経の始まりにある神経細胞たちの集まりで、視力や視野に重要な役割を担っています。

研究対象となったのは、脳梗塞などにより「膝状体後病変」を起こし、視野が欠けた47人の患者さんたちです。

研究の方法

患者さんの網膜をOCT(光干渉断層計)という機器で観察し、目の中心(黄斑部)を中心とした6mmの範囲GCCの厚みを調べました。そして、

  • 障害された側(半盲側)
  • 障害のない側(健常側)

でのGCCの厚みを比較し、「どれだけ痩せたか(減少率)」を計算しました。

また、視野障害のパターンによって、患者さんを5つのグループに分類しました:

グループ

視野障害のタイプ

A

完全な同名半盲(側頭葉病変など)

B

黄斑部が残っている同名半盲

C

中心に暗点があるタイプの半盲

D

上象限のみ欠ける

E

下象限のみ欠ける

何がわかったか?

  1. 病気からの時間が長くなるほど、網膜の痩せ方(GCCの減少率)が大きくなるという相関がありました(r = 0.581, p < 0.001)。
  2. 6割の患者さんでは、5%以上のGCCの菲薄化(神経細胞の痩せ)が認められました
  3. 特にグループA(完全な同名半盲)では、BCに比べてGCCの痩せ方が強いという結果でした。

つまり、脳のどこが障害されたか(特にLGNからどれだけ離れているか)によって、目の神経への影響も異なることが示唆されたのです。

この研究から何が言える?

この研究は、目の神経細胞が単独でダメージを受けるだけでなく、脳の病気の影響を受けて後から徐々に痩せていくことがあるということを明らかにしました。この現象は「逆行性経シナプス変性(RTSD」と呼ばれ、神経細胞が「使われなくなること」で徐々に萎縮する仕組みと考えられています。

眼科では、視野が欠けた方の目を「見えていないだけ」と軽視されがちですが、実際には神経自体が痩せていっている可能性があるのです。

眼科医清澤からのコメント:

視覚路においては外側膝状体で視神経線維は複雑にシナプスを乗り変えますし、更に成人の視覚路は既に高度な分化を成し遂げていますから、成人における膝状体後方の病変が網膜視神経に逆行性で萎縮性の影響を及ぼすことは少ないとされてきました。先ずそこが重要です。しかし、OCTで網膜厚が臨床的に5%程度の菲薄化まで精密に測定できるようになって、神経眼科学の常識が変わってきました。

シナプスの後方で起きた脳障害では、脳卒中や脳梗塞のあとに、「見えにくいけれど目球は悪くないから」と眼科受診を控えている方もいらっしゃったかもしれません。でも、視野検査やOCT検査を通じて「見えにくさ」の正体を調べることはとても大切です。

目と脳はつながっています。眼科での診察が、脳の病気の進行具合や再発のリスクを知る手がかりになることもありますので、視覚症状のある方は眼科医に掛かっていてください。

Jpn J Ophthalmol 2025 Mar;69(2):268-278.

Comparative study of retinal ganglion cell complex thinning by visual field patterns following post-geniculate lesions

Toshio Kurokawa 1Rumi Kobayashi 2Naoko Ueda 2Takekazu Ohi 3

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