網膜は高温に強い?──目の中の神経細胞と熱の話
私たちの目の奥にある「網膜」は、カメラでいえばフィルムにあたる大切な部分です。この網膜はとても薄く繊細でありながら、視覚情報を処理するための神経細胞が高密度に詰まっています。言い換えれば、網膜は「神経のかたまり」ともいえる特別な構造をしています。
しかし、神経が活動するときには必ず熱が生まれます。脳でも目でも同じで、神経細胞は信号をやりとりする際にエネルギーを使い、その一部が「熱」として発生します。体の中でこれをそのままにしておくと、温度が上がりすぎてしまい、細胞が正常に働けなくなったり、最悪の場合には障害を受けてしまいます。
網膜の熱をどうやって逃しているのか?
この疑問に対する答えは、目の奥にある「脈絡膜(みゃくらくまく)choroidal membrane」の血流にあります。脈絡膜は、網膜のすぐ下に広がる血管の豊富な組織で、網膜に酸素や栄養を届ける役目を担っていますが、もうひとつ重要な役割があります。それは「冷却装置」としての働きです。
私たちの体では、血流によって熱を運び去る「熱交換」の機構が多く見られます。たとえば、体温が上がると顔が赤くなるのも、皮膚の血管が広がって熱を逃がそうとしているからです。同じように、網膜の下にある脈絡膜の血流は、網膜が発生した熱を効率よく体内に逃がし、温度の上昇を抑えているのです。網膜と脈絡膜の血管はその経路が劉美優も流出も別になっています。
この冷却機能がしっかり働いているため、たとえ猛暑の日に体温が少し上がったとしても、目の中の網膜が過度に温まってしまうことはほとんどありません。つまり、眼球は外気温や熱中症の影響を受けにくい「構造的な工夫」がされているのです。
熱中症と目の関係
では、熱中症のときに目はどうなるのでしょうか? 一般に熱中症では、意識障害やめまい、けいれんなどの全身症状が出ますが、「目玉そのもの」が高温になって壊れてしまうということは、ほとんどありません。なぜなら、前述のとおり、眼球の内部とくに網膜は、脈絡膜の血流によってしっかりと守られているからです。
実際に、熱中症によって目の視力が低下したり、眼球が損傷したという報告は非常に限られており、眼の神経細胞が熱にやられることはあまり起こらないと考えられます。ただし、全身状態の悪化に伴って一時的に視野がぼやける、ピントが合いにくいといった症状は出ることがあります。これは、熱による脳や自律神経系への影響によるもので、目そのものが熱で傷ついているわけではありません。
網膜の構造と熱の研究
このように、網膜の冷却には脈絡膜血流が重要であることは、基礎医学や視覚生理学の研究でもよく知られています。たとえば、英語の医学論文では次のような記述が見られます。
“The choroidal circulation is one of the highest blood flow per tissue weight in the human body, and serves not only metabolic but also thermoregulatory functions.”
(脈絡膜の血流は体の中でも組織重量あたりで最も多く、代謝的な役割だけでなく温度調整機能も担っている。)
つまり、目の中の「冷却装置」として脈絡膜は極めて重要な働きをしており、この自然の仕組みによって網膜は熱に対して守られているのです。
おわりに
夏になると熱中症に注意が必要ですが、目の内部が直接高温にさらされて視覚が損なわれるという心配は、実はあまりないのです。私たちの体は、目という精密な器官を守るために、とてもよくできた構造を持っています。とはいえ、脱水による涙液の減少や、外出時の紫外線、体調全体の悪化による視機能の低下など、間接的な影響はありますので、引き続き熱中症対策は怠らないようにしましょう。
参考文献(一般向けに抄訳)
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Parver, L. M. (1991). “Temperature modulating action of choroidal blood flow”. Eye, 5(2), 181–185.
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Kur, J., Newman, E. A., & Chan-Ling, T. (2012). “Physiology of the choroidal vasculature”. Progress in Retinal and Eye Research, 31(5), 377–406.
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Okuno, T. (2000). “Thermal effects of light on the human retina”. International Archives of Occupational and Environmental Health, 73(1), 51–56.
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