慢性免疫性末梢神経ミエリン病 ― 精密な診断と眼との関連;を述べた総説が出ていました。多発硬化症MSは中枢性である点が違い、フィッシャー症候群やギランバレー症候群は急性である点がこの疾患とは異なるようです。自分の知識生理のつもりでまとめてみました。POEMS症候群もここに入っています。
ミエリンと神経の働き
私たちの体をめぐる神経は、電線のように信号を伝えています。その表面を覆う「ミエリン(myelin)」という絶縁体があるおかげで、信号は高速で正確に伝わります。ところが、このミエリンが壊れてしまうと神経の伝導が乱れ、手足のしびれや筋力低下といった症状が出ます。
慢性免疫性末梢神経ミエリン病(CIPNM: Chronic Immune-mediated Peripheral Neuropathy with Myelin involvement)
「慢性免疫性末梢神経ミエリン病(CIPNM)」は、免疫が自分の神経を誤って攻撃することでミエリンが障害される病気のグループです。進行はゆっくりですが、日常生活に大きな支障を与えます。重要なのは、CIPNMには複数のタイプがあり、それぞれ治療法が大きく異なるため、正確な診断 が欠かせないことです。
代表的なタイプ ― CIDP
もっともよく知られるのが「CIDP(Chronic Inflammatory Demyelinating Polyneuropathy:慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー)」です。名前に「炎症」とありますが、実際には炎症が常に見られるわけではなく、現在では「免疫介在性」と表現する方が正確だと考えられています。
新しく注目されるノード病
神経信号は「Ranvier(ランヴィエ)絞輪」と呼ばれる“すき間”を飛び越えるようにして伝わります。この部分を攻撃する自己抗体が見つかる病気を「ノード病(nodopathy)」と呼びます。従来はCIDPの一部とされましたが、現在は独立した病型として注目されています。血液検査で抗体を検出できることが診断の助けになります。
DADSとMMN
「DADS(Distal Acquired Demyelinating Symmetric neuropathy:遠位性後天性脱髄性対称性ニューロパチー)」という名称は、手足の末端から力が入りにくくなるタイプを指します。しかし実際には抗MAG抗体(Myelin-Associated Glycoprotein antibody)関連の病気やPOEMS症候群(Polyneuropathy, Organomegaly, Endocrinopathy, Monoclonal protein, Skin changes)なども含まれ、診断名としてはあいまいです。
一方で「MMN(Multifocal Motor Neuropathy:多発性運動ニューロパチー)」は比較的特徴が明確です。主に手の筋力低下が左右差をもって進み、感覚障害は目立たず、免疫グロブリン治療(IVIg: Intravenous Immunoglobulin)が有効です。
診断と検査の工夫
診断の要は「神経伝導検査(Nerve Conduction Study, NCS)」で、神経の信号伝達速度を調べます。加えて、血液検査で抗体(抗MAG抗体や抗GM1抗体:anti-GM1 ganglioside antibodyなど)を調べます。ただし単独の抗体検査(ELISA: Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)は偽陽性のリスクがあり、症状や経過と組み合わせて総合的に判断する必要があります。
治療と診断の精度
CIPNMのタイプによって治療の効き方は異なります。
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CIDPはステロイドや免疫グロブリン療法(IVIg)が有効なことが多い
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抗MAG抗体型は効果が限定的な場合がある
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MMNは免疫グロブリンが有効だが、ステロイドは効果が乏しい
このように「どのタイプか」を正しく見極めることが、最適な治療選択に直結します。
眼との関連 ― 視覚障害や眼球運動障害
CIPNMは末梢神経の病気ですが、時に眼にも影響を及ぼします。
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外眼筋を支配する脳神経が障害されると「複視(diplopia:二重に見える)」が生じる
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視神経に関連する免疫性ニューロパチーでは「視力低下(visual loss)」や「視野障害(visual field defect)」が起こる可能性がある
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POEMS症候群では「視神経乳頭浮腫(optic disc edema)」や「網膜血管の異常(retinal vascular changes)」が報告される
このように、眼の症状は神経疾患を見つける重要な手がかりとなることがあります。
まとめ
慢性免疫性末梢神経ミエリン病は、一見似たような症状を示しますが、実際には複数の異なる病気の集合体です。診断名の混乱や検査の限界があるものの、神経伝導検査や抗体検査を組み合わせることで精度が高まります。さらに、眼の症状も時に重要なサインとなります。
患者さんにとって正しい診断は「適切な治療」に直結するため、神経内科と眼科を含めた広い視点で病気を理解することが重要です。
出典
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Vallat J-M, Sommer C, Magy L.
Chronic immune-mediated demyelinating neuropathies: a plea for precision.
Nature Reviews Neurology. 2025; 21(6):351–364.
https://doi.org/10.1038/s41582-025-01064-4
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