【しくじり列伝】106億8000万円を溶かした男 ― 井川意高氏とギャンブル依存症
1. 巨額流用事件の衝撃
2011年、大王製紙の現役会長だった井川意高(いかわ・もとたか)氏が逮捕されました。理由は、会社グループの子会社から借り入れた資金を個人的なギャンブルに使用したこと。総額は106億8000万円にのぼり、日本を代表する製紙会社のトップによる巨額流用事件は社会に大きな衝撃を与えました。
逮捕容疑は特別背任。判決は懲役4年の実刑。経済界のサラブレッドがなぜ転落したのか――背景には「ギャンブル依存症」という現代社会の病が潜んでいました。
2. VIPルームでの狂気
井川氏はシンガポール・マリーナベイサンズのVIPカジノルームに通い、「バカラ」という二者択一のゲームにのめり込みました。勝てば掛け金が倍、負ければゼロという単純なルールですが、巨額が一瞬で動きます。
一度は20億円の勝ちを手にしたこともありました。しかし彼は「まだやめられない」と答えます。その理由は「すでに106億8000万円を失っているから」。勝っても負けても、賭け続けることが目的になってしまったのです。これこそが依存症の本質でした。
3. 創業家3代目という宿命
井川氏は祖父が創業し、父が「エリエール」などで拡大した大王製紙の三代目。幼少期から周囲の嫉妬ややっかみにさらされ、父は「暴君」と言われるほど厳格でした。
努力の末、筑波大付属駒場中学(筑駒)→東大法学部へ進学。入社後は子会社の立て直し、新商品の紙オムツ「グーン」の開発成功などを経て、42歳で社長に就任しました。
つまり「甘やかされた跡取り」ではなく、才能と努力でのし上がった経営者だったのです。
4. 完璧主義と依存の芽
優秀で真面目、しかも「ノーミス」で歩んできた人生。ですがそれは同時に逃げ場を失う生き方でもありました。井川氏は以前からギャンブルが好きでしたが、社長就任後の重圧の中で次第に頻度と規模が膨張。やがて会社資金を流用してでも続けてしまう状態に陥りました。
彼自身、後に医師から「重度のギャンブル依存症」と診断されます。依存症は「意志の弱さ」ではなく「病気」であり、誰もが陥る可能性があるのです。
5. 脳科学から見る依存症
脳科学的に見ると、依存症は脳の報酬系(ドーパミン系)の異常として説明されます。ギャンブルで勝った瞬間、脳は大量のドーパミンを放出し「快感」を強烈に刻み込みます。しかし同じ刺激では次第に満足できなくなり、より大きな賭け、より長時間のプレイが必要になります。
さらに「もうやめよう」と考えても、前頭葉の抑制機能が働かなくなり、やめられない悪循環に陥ります。これはアルコールや薬物依存と同じ仕組みです。頭の良さや社会的地位は関係なく、誰でも罹患する可能性がある病態なのです。
6. 崩壊と再出発
資金の不自然な流用は内部告発で発覚し、井川氏は逮捕。懲役4年の実刑を受け服役しました。大王製紙は信頼を失い、社会的信用も地に落ちました。
しかし出所後、井川氏は自らの経験を語り、著書で「依存症は自分でも説明しきれない大きな謎」と述べています。依存症は誰にでも起こり得る病気であり、早期の気づきと専門的支援が不可欠だと強調しています。
7. 我々への教訓
井川氏の転落は「他人事」ではありません。
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ギャンブル依存症は意志の弱さではなく病気である
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成功や学歴は防波堤にならない
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放置すれば社会的立場も家族も一瞬で失う
現代ではギャンブルだけでなく、スマホ・ゲーム・SNSなども同じ「依存症」のリスクを持ちます。患者さんの中にも「やめたいのにやめられない」行動に苦しむ方が少なくありません。医療はもちろん、社会全体で依存症を理解し、支える仕組みが必要です。
まとめ
井川意高氏の体験は、依存症がどれほど恐ろしく、誰にでも起こり得るかを教えてくれます。勝っても負けてもやめられない――その地獄の一歩手前で立ち止まるために、彼の失敗は大きな教材です。
出典
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井川意高『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』(幻冬舎)
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井川意高『熔ける 再び そして会社も失った』(幻冬舎)
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中田敦彦YouTube大学「しくじり列伝 ギャンブル依存症①②」(2022年公開)
🔗 【ギャンブル依存症①】106億8000万円を熔かした男・井川意高はなぜギャンブルにハマってしまったのか? (先頭に貼り付け)
🔗 【ギャンブル依存症②】勝っても負けてもやめられない!ギャンブルという快楽
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