神経眼科

[No.3962] 大気汚染とアルツハイマー病 ― 微粒子状物質PM2.5が脳に与える影響;論文紹介

大気汚染とアルツハイマー病 ― 微粒子状物質PM2.5が脳に与える影響

アルツハイマー病は認知症の代表的な原因疾患であり、世界的に患者数は増加し続けています。これまで遺伝的要因(APOE遺伝子型など)がリスク因子として知られてきましたが、近年は生活環境や社会環境の影響が注目されています。特に大気汚染物質の一つである「微小粒子状物質(PM2.5)」は呼吸器や循環器に悪影響を与えるだけでなく、脳にも直接ダメージを与える可能性が指摘されています。しかし、大気汚染がアルツハイマー病の神経病理学的変化にどのように結びつくかは、十分に解明されていませんでした。

今回紹介する研究は、死亡前にどの程度PM2.5に曝露されたかが、剖検で確認されるアルツハイマー病の脳内変化(ADNC)や、生前の認知症の重症度にどのように関連するかを明らかにすることを目的としました。つまり、大気汚染が実際に脳の変化や症状悪化の裏にあるのかどうかを科学的に確かめたのです。

この研究は米国ペンシルベニア大学のブレインバンク(脳の病理標本を収集する施設)に保存された602例の剖検データを解析しました。対象者は1999年から2022年に死亡した方々で、認知症や運動障害を持つ人、あるいは高齢の対照群が含まれます。解析では、死亡前1年間の居住地のPM2.5濃度を精密に推定し、生前の認知症の重症度を「CDR-SBスコア」という臨床評価で把握しました。そして剖検によりアルツハイマー病変、レビー小体病、TDP-43脳症、脳血管障害など10項目の神経病理を評価しました。遺伝要因(APOE遺伝子型)や年齢・性別などを調整したうえで統計解析が行われています。

結果として、PM2.5曝露が高い人ほどアルツハイマー病変(ADNC)が強いことが確認されました。オッズ比は1.19(95%CI 1.11-1.28)で、統計的に有意な関連でした。さらに、生前に認知症の臨床評価を受けた287例では、PM2.5曝露が高いと認知障害や生活機能障害の重症度も増していました(β=0.48)。また、この関連の約63%は剖検で確認されたアルツハイマー病変を介して説明できることが示されました。つまり、大気汚染が直接脳に変化を起こし、それが認知症の重症化に結びついている可能性が高いということです。

この研究は、大気汚染とアルツハイマー病の神経病理学的変化・認知症の重症度には密接な関係があることを明らかにしました。もちろん、この結果を一般化するにはさらなる大規模な研究が必要ですが、大気汚染対策が認知症予防の一助となる可能性が示された点は非常に重要です。大気の質を改善する政策が、呼吸器疾患や心血管疾患だけでなく、脳の健康維持にも役立つ可能性があります。


出典

Boram Kim, MD; Caitlin Blum, BA; Holly Elser, MD, PhD; et al.

Ambient Air Pollution and the Severity of Alzheimer Disease Neuropathology.

JAMA Neurology. Published online September 8, 2025.

doi:10.1001/jamaneurol.2025.3316

眼科院長 清澤のコメント

大気汚染と脳疾患の関係は目の健康とも無関係ではありません。微小粒子は網膜や視神経にも影響を及ぼす可能性があり、全身の健康と同様に「空気のきれいさ」を守ることが私たちの目や脳を守ることにつながると考えます。なお日本では、PM2.5は中国から飛来する黄砂の主要成分としても注目されています。さらに付け加えると、私が視覚症状を持つアルツハイマー病の症例集を米国眼科雑誌に1988年に報告した時のシリーズも、今回の論文と同じペンシルベニア大学の症例に基づいていました。

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