脳の進化と自閉症:人類特有の「加速するニューロン」の発見
背景
人間の脳には何千種類もの神経細胞(ニューロン)が存在し、それぞれが異なる役割を持っています。これらの多様な細胞は、1つのゲノムから作られるにもかかわらず、進化のスピードには差があることが知られています。たとえば、ある細胞は進化の過程でほとんど変わらず保たれているのに対し、別の細胞は比較的短い時間で大きく変化します。しかし、なぜそのような違いが生じるのかは、長らく不明でした。
目的
今回の研究では、「ニューロンの種類によって進化のスピードが異なるのはなぜか」という問いに答えることを目指しました。そして、その知見が人間に特有な神経疾患、特に自閉症スペクトラム障害(ASD)の有病率とどのように関わるかを探ろうとしました。
方法
研究者たちは、哺乳類の大脳新皮質にある複数の領域から採取された単一細胞RNAシーケンシングのデータを活用しました。これは、細胞ごとの遺伝子発現パターンを調べる最先端の手法です。複数種の哺乳類(66種類)の脳細胞を比較し、ニューロンの種類と遺伝子発現の進化の速さを解析しました。
結果
その結果、以下のことが分かりました。
- 細胞数が多いニューロンほど進化の制約を受けやすく、遺伝子発現が種を超えて保たれやすい。
逆に、まれなニューロンは比較的自由に進化できる傾向がある。 - ところが、人間の脳で最も数が多いとされる「第2/3層の内在性興奮性ニューロン(L2/3 ITニューロン)」は例外的に、ヒトの系統で急速に進化していることが判明した。
- このニューロンにおいては、自閉症に関わる遺伝子の働きが強く抑えられており、これはヒト特有の進化(自然淘汰による遺伝子選択)の影響だと考えられる。
結論
この研究は、ニューロンの進化に普遍的な法則を見いだしただけでなく、人間における自閉症の高い有病率は進化の副産物である可能性を示しました。
つまり、祖先の時代に生き延びるために有利となる脳の仕組みを獲得した結果、その代償として一部の遺伝子の働きが弱まり、自閉症のリスクが高まったのかもしれません。
清澤院長のコメント
この研究は、「なぜ自閉症が人間に特有のように多いのか」という大きな問いに、進化論的な視点から答えようとしたものです。自閉症は単なる「病気」ではなく、人間が獲得した高度な脳機能と深く結びついた現象なのかもしれません。医学的理解を深めると同時に、多様な脳のあり方を社会がどう受け止めるかという課題にもつながっていると感じます。
出典
Alexander L. Starr, Hunter B. Fraser.
General Principles of Neuron Evolution Reveal a Human-Accelerated Neuron Type Potentially Underlying the High Prevalence of Autism in Humans.
Molecular Biology and Evolution, Volume 42, Issue 9, September 2025, msaf189.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf189
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