統合失調症の新たな治療法として、腸内細菌叢の介入は有効か?
清澤のコメント:統合失調症と腸内細菌叢の関連を論じて、その治療法として腸内細菌叢を取り扱うという方法について論じた有力な雑誌に発表されたメタアナリシス論文で、同級生の星君が教えてくれた論文です。https://doi.org/10.1016/j.bbih.2024.100923
(Brain, Behavior, & Immunity – Health Volume 43, February 2025, 100923)
統合失調症は、幻覚や妄想といったポジティブ症状、感情の平板化や意欲低下といったネガティブ症状、記憶や注意力の低下といった認知症状を特徴とする慢性の精神疾患です。その原因は遺伝的要因や環境要因、脳内の神経伝達物質の異常など多岐にわたります。これらの要因が複雑に絡み合うことで、患者の症状や治療反応に大きなばらつきが生じています。現在の治療の中心である抗精神病薬は、主にポジティブ症状には効果がありますが、ネガティブ症状や認知機能の改善には限界があり、新たな治療法が求められています。
近年、統合失調症の患者では腸内細菌叢(腸内の微生物群)が健常者と異なることが報告され、腸と脳の関係を示す「腸-脳軸」の影響が注目されています。これに基づき、腸内細菌を整えることが統合失調症の症状を改善する可能性があるのではないかという考えが生まれました。そこで、本研究では、腸内細菌叢を調整するプレバイオティクス(腸内細菌のエサとなる成分)やプロバイオティクス(有益な細菌を含む製剤)を用いた治療が統合失調症の症状に与える影響を検討するために、これまでの研究を系統的にレビューし、メタアナリシスを行いました。
研究の方法と結果
この研究では、過去の81の関連研究の中から厳選された9つの研究(合計417人の統合失調症患者を対象)を分析しました。その内訳は、7つのランダム化比較試験と2つの非盲検試験で、どの研究もバイアスのリスクが低いと評価されました。
統合的な分析の結果、腸内細菌を調整する治療を受けた患者では、統合失調症の症状に有意な改善が見られました(効果サイズ g=0.48、95%信頼区間 0.09〜0.88、p=0.004)。これは「小さめから中程度の効果」とされる値ですが、統計的に意味のある改善を示していました。また、研究間のばらつき(不均一性)は中程度であることが確認されました。
さらに、ラクトバチルス属とビフィズス菌属のプロバイオティクスが、特に有効である可能性が示されました。これらの細菌は、腸-脳軸を介して神経シグナル伝達、免疫系、代謝系に影響を与え、統合失調症の症状を改善する可能性があると考えられます。
治療のメカニズム
腸内細菌を介した治療が統合失調症に有効な理由として、以下の4つのメカニズムが考えられます:
- 免疫調節:統合失調症の患者では慢性的な炎症が見られることがあり、腸内細菌を調整することで炎症を抑える可能性がある。
- 神経シグナル伝達の改善:腸内細菌が神経伝達物質(例えばセロトニンやドーパミン)の合成に関与し、脳機能を正常化させる可能性がある。
- ホルモンバランスの調整:腸内細菌はストレスホルモン(コルチゾールなど)の分泌にも関与し、精神的ストレスの軽減につながる可能性がある。
- 代謝の改善:腸内細菌が短鎖脂肪酸(酪酸や酢酸など)を産生し、これが脳のエネルギー供給や炎症抑制に寄与する可能性がある。
研究の限界と今後の課題
本研究では、腸内細菌叢の介入が統合失調症の症状を改善する可能性が示されましたが、いくつかの課題もあります。
- 研究ごとに使用されたプロバイオティクスやプレバイオティクスの種類、投与期間、用量が異なり、どの条件が最も有効なのかが明確でない。
- 効果が確認されたものの、その程度は「小〜中程度」であり、単独の治療法として十分な効果があるかは不明。
- 研究参加者の数が少なく、大規模な臨床試験が必要。
今後、より多くの患者を対象にした高品質な臨床試験を行い、腸内細菌叢の調整が統合失調症の治療においてどの程度有効なのかを検証する必要があります。また、プロバイオティクスやプレバイオティクスの組み合わせを最適化し、個々の症状に合わせた治療法を開発することが求められます。
まとめ
統合失調症の新たな治療戦略として、腸内細菌を調整するプロバイオティクスやプレバイオティクスの介入が注目されています。今回のメタアナリシスでは、腸内細菌のバランスを改善することで統合失調症の症状が有意に改善することが示されました。特に、ラクトバチルス属やビフィズス菌属のプロバイオティクスが有効である可能性があります。
ただし、現段階ではその効果は「小〜中程度」であり、まだ標準治療として確立するには十分なエビデンスが不足しています。今後、より大規模で厳密な臨床試験を行い、統合失調症の一次治療や補助療法としての可能性を探ることが重要です。腸-脳軸の研究が進むことで、統合失調症の新しい治療法が生まれることが期待されます。
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