幇助死の倫理とは? ー その概要と課題
医学界新聞の3570号(2月11日)に応用倫理学入門:科学技術に伴う諸問題を考える、6,補助死の問題という深井勉氏の興味深い記事が出ていましたので抄出して採録紹介いたします。
今回のPOINT
・幇助死を論じる際には,関連概念との違いを正確に理解しておくことが重要である。
・幇助死をめぐる議論では,患者の「自律性の尊重」と医療者の「善行」「無危害」の間でしばしば対立が起こるため,医療者の倫理的葛藤へのサポートが必要である。
・終末期においては,「どのように死を迎えるか」が重要なテーマとなるため,医療者が果たすべき責任は非常に大きい。
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幇助死とは
幇助死(assisted dying)とは、医師などの第三者が患者の死を助ける行為を指します。一般的には「安楽死(euthanasia)」と「自殺幇助(physician-assisted suicide)」の2種類に分かれます。
- 安楽死:医師が直接、致死薬を投与し、患者の死を引き起こす。
- 自殺幇助:医師が致死薬を処方し、患者自身が服用する。
これらは延命治療の中止や緩和ケアとは異なり、死を積極的に選択する点で倫理的議論が伴います。
幇助死をめぐる医療倫理
幇助死の問題を考える際、医療倫理の「四原則」が重要になります。
- 自律性の尊重:患者が自己の意思で死を選ぶ権利を認めるか。
- 善行:医療者は患者の利益を守るべきだが、それが「死を助けること」なのか。
- 無危害:死を幇助することが医療者の倫理に反しないか。
- 正義:幇助死が公正かつ公平に運用されるか。
これらの原則は互いに矛盾することもあり、医療者が倫理的ジレンマを抱える原因となります。
幇助死を認める法整備の動き
近年、幇助死を合法化する国が増えています。2024年11月にはイギリス下院で、余命6か月以内の終末期患者に幇助死を認める法案が可決されました。
- 対象:18歳以上の終末期患者
- 要件:医師2名の診断と高等裁判所の承認
- 方法:患者が自ら致死薬を服用
今後、上院での審議が続き、法案の成立には最大2年かかる見込みです。世論調査では約7割の国民が幇助死の合法化を支持しており、「尊厳ある最期」を求める声が高まっています。
幇助死の課題と懸念
幇助死には、以下のような問題が指摘されています。
- 社会的弱者への圧力:「家族に迷惑をかけたくない」と考え、真に望まない死を選んでしまう可能性。
- 医療者の精神的負担:幇助死に関与する医療者が、道徳的葛藤やバーンアウトを経験すること。
- 文化・宗教的価値観の違い:宗教的信条によって幇助死を強く否定する立場もある。
こうした課題に対応するためには、緩和ケアの充実や、医療者への心理的サポート体制の強化が求められます。
日本の現状と今後の課題
日本では幇助死に関する明確な法律はなく、過去の裁判例や学会の見解が判断基準となっています。しかし、今後イギリスなどの法整備の動向が影響を及ぼし、日本でも本格的な議論が始まる可能性があります。その際、単なる「死の選択」ではなく、医療体制の整備や社会的支援とのバランスを考慮した包括的な議論が求められるでしょう。
幇助死は「生きること」と同じくらい「どのように死を迎えるか」が問われるテーマです。今後、医療者だけでなく、社会全体での対話が不可欠となるでしょう。
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