脈絡膜メラノーマと遺伝子異常:リンチ症候群との意外な関係
脈絡膜メラノーマ(ぶどう膜黒色腫)は、成人に最も多い原発性の眼内悪性腫瘍です。比較的まれな疾患ではありますが、命に関わることもある重大な病気です(清澤コメント:そもそも、脈絡膜メラノーマは日本人では非常にまれです。末尾に、人種別頻度を清澤が追記します。眼底写真:脈絡膜黒色腫 – Retina Image Bankから借用)。最新の研究により、この腫瘍の背後に遺伝的な要因が関わっていることが、改めて注目されています。
2025年6月に発表されたフランス・キュリー研究所からの報告(JAMA Ophthalmology誌)は、脈絡膜メラノーマの患者の中に、「リンチ症候群」という遺伝性の体質をもつ人が一定数いることを明らかにしました。
リンチ症候群とは?
リンチ症候群は、DNAの修復を担う「ミスマッチ修復遺伝子(MMR遺伝子)」の異常により、がんが多発しやすくなる体質です。特に大腸がんや子宮内膜がんのリスクが高まることが知られており、そのほかにも卵巣がん、胃がん、小腸がん、胆道がんなど多くの腫瘍を発症する可能性があります。
このたびの研究では、381人の脈絡膜メラノーマ患者の遺伝子を調べた結果、約18%(70人)にがん関連の遺伝子異常が見つかり、特にリンチ症候群に関連するMMR遺伝子の異常が他の人に比べて多く認められました。
なぜこの研究が重要なのか?
これまで脈絡膜メラノーマは、BAP1やMBD4といった限られた遺伝子異常が知られていましたが、今回新たに「リンチ症候群の一部として、この目の腫瘍が発生する可能性がある」という新しい理解が得られました。
ある患者の腫瘍を詳細に調べたところ、MLH1というMMR遺伝子に異常があり、その結果、腫瘍細胞内でこの遺伝子の機能が完全に失われていました。こうした腫瘍は、遺伝的に高い変異を持ち、特定の免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)に反応しやすいという特徴があります。
患者と家族にできること
この研究は、脈絡膜メラノーマを発症した患者さんに対して、生殖細胞レベルでの遺伝子検査を受ける意義を示しています。仮にリンチ症候群が見つかった場合には、自分だけでなく家族も同じ体質を持っている可能性があり、将来のがん予防や早期発見に役立つのです。
現代医療では、がんの治療だけでなく、「がんになりやすい体質」の早期発見と予防が非常に重要視されています。脈絡膜メラノーマと診断された際には、主治医と相談のうえで、遺伝カウンセリングや適切な検査を受けることをおすすめします。
出典:
Anaïs Le Ven, MSc; Marie-Charlotte Villy, MD; André Bortolini Silveira, PhD, et al.
“Uveal Melanoma and the Lynch Syndrome Tumor Spectrum.” JAMA Ophthalmology. Published online June 18, 2025. doi:10.1001/jamaophthalmol.2025.1779
追記:
脈絡膜メラノーマの人種別発症頻度
1. 白人(特に北欧系)
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最も高頻度に発症する人種群です。
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発症率はアメリカの疫学データによると、
→ 年間100万人あたり約5〜6人程度
→ 特に青い虹彩(ブルーアイ)・白い肌・そばかすができやすい体質を持つ人に多いとされます。
2. 黒人
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発症は非常に稀です。
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多くの疫学研究で報告される比率は、
→ 白人に比べて約1/20以下とされます。 -
黒人に発症した場合、診断の遅れや悪性度の違いが課題になることもあります。
3. アジア人(黄色人種、日本人、中国人など)
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かなり稀な腫瘍とされます。
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発症率は、
→ 年間100万人あたり約0.2〜0.4人程度と推定されます。 -
日本国内の眼腫瘍に関する報告では、脈絡膜メラノーマは成人原発性眼内腫瘍の中でも1〜3%以下にとどまっています。
🧬 人種差の背景にある可能性
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メラニン合成酵素の活性の違い
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虹彩色や網膜色素上皮のメラニン含量の違い
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遺伝子多型(GNAQ、GNA11など)の頻度の違い
これらが関与している可能性が示唆されています。
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