皆さんこんにちは。今回の対談は「日本の自画像(アイデンティティ)と未来像」を、国際情勢・情報革命・日本社会の閉塞感という3つの視点から捉え直す内容でした。眼科医院の院長ブログ向けに要旨をまとめます。
まず千崎氏は、国際社会はいま「近代(ここ100年ほど続いた欧米中心の国際秩序)」が揺らぎ、各国が自国中心へ戻る局面だと整理します。ロシアや中国が欧米型秩序に異議申し立てをしているだけでなく、トランプ的な米国もまた「グローバル秩序から退く」方向に動き、結果として世界は一層バラバラになり、民主主義や国際秩序は混沌に向かう。こうした状況では日本も「親(米国)の傘に入っていればよかった」では済まず、自分で国家像を描く必要が強まる、という見立てです。
次に国内。いわゆる「失われた30年」が社会にもたらしたのは閉塞感であり、政治がそれを十分に受け止められていない。閉塞に直面した社会の反応は大きく3つに分かれる――①少しずつ改善する努力、②暴力・テロへ傾く、③諦めてシニカル(冷笑・揚げ足取り)になる。近年の奇抜な選挙活動や妨害的言動は、千崎氏の言葉では「合法的なテロ」「シニカルな上げ足取り」の表れで、日本は分岐点に立っていると警告します。
ここに情報革命(SNS・映像メディア)が追い打ちをかけます。千崎氏は、明治期の瓦版や西南戦争の情報攪乱を例に「情報革命は今回が初めてではない」と説明。人は見たい情報だけを集め、集団が熱狂し、時に暴発する――現代SNSの構造は当時にもあった。そして福澤諭吉は、情報が社会を極端化させる危険を見抜きつつも、政府批判に走るのではなく「官民調和」を志向し、言論と教育を通じてバランスを取ろうとした点が重要だ、と位置づけます。
さらに対談の中心テーマとして「破壊的な孤独」が語られます。単身世帯の増加だけでなく、家族が同じ部屋にいても別々のスマホ世界を見ているように、共同体が希薄化し、個人は“無色透明”になりやすい。流行や多数意見の色に染まり、疲弊する。その結果、自己啓発と疲労回復の本が同時に売れる。ここで危険なのは「根拠の薄い自尊心の鼓舞」です。“日本人はすごい”を短時間で注入するエナジードリンク的な言説は、かえって別の過激さに乗り換えるだけになりうる。必要なのは、拙速な結論ではなく、歴史や古典に「ゆっくり触れて心の弾力性を取り戻す」ことだ、と千崎氏は強調します。
対談では米国の関税政策も、経済合理性だけでなく「人間観の問い直し」として理解すべきだと説明されました。キラキラした沿岸部の成功物語だけでなく、グローバル化で荒れた地域社会・家族・信仰の回復を求める運動が背景にある。つまり政治は“成長”だけでなく“どんな社会で生きたいか”という価値の問題になっている、という見取り図です。
では日本はどうするのか。千崎氏は、西郷隆盛や本居宣長、柳田國男などを手がかりに「日本の物語を編み直す」必要を説きます。ポイントは、政治スローガンとしての日本回帰ではなく、生活の習慣や沈黙、死者への感受性といった“音の立たない”文化の継承です。東日本大震災やコロナで露わになった「死」や「関係の断絶」に、社会として向き合う必要がある。究極の孤独である死を、完全に個人任せにしないためにも、共同体・言葉・学び直し(リベラルアーツ)を再構築することが大切だ、という結論に収束します。
総じてこの対談は、「世界の秩序が崩れ、国内は閉塞し、情報が極端化を増幅する時代に、日本は“早わかりの自信”ではなく、歴史とことばを通じて自画像を描き直せるか」が問われている、という提言でした。



コメント