眼科医療とカーボンフットプリント(二酸化炭素排出)―環境と患者利益をどう両立させるか
2026年2月19日にJAMA Ophthalmologyにオンライン掲載された論文は、眼科医療を「環境負荷」という視点から評価する新しい考え方を提示しています。これまで医療の価値は主に費用(ドル)と治療効果で評価され、効果はQALY(質調整生存年)という指標で示されてきました。しかし著者らは、医療が消費する資源はお金だけでなく、地球環境もまた有限であると指摘します。そこで提案されたのがICFER(増分カーボンフットプリント効果比)という指標です。カーボンフットプリントとは、手術室の電力、使い捨て器具の製造、医薬品の研究開発や輸送まで含めて、その医療行為が排出する二酸化炭素量(CO2e)を示すものです。ICFERは、1QALYを得るのに何kgのCO2を排出するかを示す値で、数値が低いほど「炭素効率が高い医療」となります。例えば英国の白内障手術では約181kgのCO2排出と推定され、第一眼手術で約2.5QALY改善するとICFERは約72になりますが、インドのアラヴィンド眼科では排出量が約6kgと推定され、ICFERは2~7程度と極めて低くなります。同じ治療でも医療体制により環境負荷が20倍も違う可能性があるという点は重要です。緑内障に対する選択的レーザー線維柱帯形成術ではICFERは約10とされ、著者らは10以下であれば非常に炭素効率が高い医療ではないかと仮説を立てています。一方、加齢黄斑変性などに対する硝子体内注射は、手技自体の排出量は小さくても薬剤製造まで含めると大きく、アフリベルセプトでは1回あたり約400kgのCO2と推定され、QALY改善を考慮するとICFERは数千に達する可能性があります。ただし計算方法にはばらつきがあり、製薬企業のライフサイクルデータが十分でないという課題もあります。ICFERにはまだ公式な閾値はありませんが、米国などの経済的コスト対効果の基準を応用すると、ICFERが1万を超えるものは再評価の対象になり得る可能性が示唆されます。ただし国や医療制度により基準は異なり、今後はQALY、CO2排出量、費用分析を地理的に整合させる必要があります。またQALY自体にも限界があり、視機能スコアや患者報告アウトカムなど眼科特有の指標と組み合わせることが望ましいとされています。著者らは、医療の価値を患者利益、経済性、環境持続性の三つの観点から評価すべきだとし、ICFERはその客観的な比較指標となり得ると結論づけています。医療は人を救う営みですが同時に大量の資源を消費します。これからの眼科医療は、効果と安全性だけでなく、持続可能性も意識する時代に入っているというメッセージが本論文の核心です。
清澤のコメント(追記)
米国での眼科手技のおおよその費用(ドル)を示すと、白内障手術は保険なしの通常手技で1眼当たり約3,500〜7,000ドル程度が一般的とされます(保険やメディケア加入者は実費負担がこれより低くなります)。緑内障レーザー治療は比較的低コストで、レーザー線維柱帯形成術などは約1,000〜2,000ドル程度とされる報告があります。硝子体手術(網膜・硝子体疾患に対する手術)は複雑さにもよりますが、米国の一般的な平均額は1眼あたり約8,000〜14,000ドル程度とされる範囲が報告されています(病院や保険条件により大きく変動)。これらのドル単価を臨床判断や環境評価と照らし合わせると、医療の資源使用と患者利益、環境負荷の関係を考える際の一助になると考えています。
出典:Berkowitz ST, Buchan JC, Garg Shukla A. Incremental Carbon Footprint Effect Ratios in Ophthalmology. JAMA Ophthalmology. Published online February 19, 2026. doi:10.1001/jamaophthalmol.2025.6322.



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