目の中に荒れ狂う“砂嵐”が…五輪メダリスト・水谷隼が明かした「目の異変」の正体
:自分のインタビュー記事紹介です
清澤のコメント:先日、現代ビジネスの記者さんからお電話をいただき、インタビューにお答えしました。五輪卓球金メダリストの水谷隼さんは、自分でビジュアルスノーと
いう病名をネット上で調べ上げていて、この病気であることをカムアウトしました。これに対する病気の解説記事は病名に対するものを主に私が答えており、コントラスト感
度低下でこの病気が診断できることを述べました。このように診断困難な疾患に社会がどう対応すべきかを主に若倉先輩がお答えになっています。御笑覧ください。2021年9
月24日公開記事です。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87612?imp=0
ーーーー引用開始ーーーーー
本日、自著『打ち返す力』を上梓
現代ビジネス編集部
「理解されないこと」が、一番苦しい。
東京オリンピックの卓球混合ダブルスで金メダルを獲得した水谷隼さんは、9月24日に上梓した自著『打ち返す力』の中で、こう明かしている。この苦しみは、卓球選手とし
ての苦しみではなかった。彼が苦しめられたのは、自分の目の中に荒れ狂う砂嵐だ。
「感覚機能の疾患は、これまで長く陽の目があたらずにいました。なぜなら、その疾患の多くは、患者さん本人にしか異常がわからないからです」
日本神経眼科学会理事長などを歴任した、井上眼科病院の若倉雅登氏はこう語る。
ものを見る、というとき、私たちはつい目の働きを考えがちだ。だが、実際に「見る」には、目だけでなく、さまざまな器官が必要になる。眼球の網膜から入った光の刺激は
、視神経を通り、脳の後頭葉(第一次視覚野)に入り、さらに変換されて脳内各所に情報伝達され、「意味づけ」がなされる。
たとえば東京オリンピックの卓球会場。そこには観客席があり、壁面には「TOKYO2020」の大きなロゴマークがペイントされている。卓球台があり、相手選手、レフェリー、テレビカメラ・・・と、おびただしい物体(景色)が存在している。それらの一つである卓球のボールは、眼球にとっては「白色」の何かでしかない。そこに焦点を当て、丸いもの、球、という認識が生じて、はじめて「卓球のボール」になる。
つまり見るという作業は、眼球と脳の共同作業なのだ。
神経眼科という比較的新しいジャンルの医学は、この「共同作業」に生じた何らかのトラブルを扱う。日本の眼科医でも1000人あまりしか参加していないという日本神経眼科
学会の理事・清澤源弘氏が言う。
「目が悪くなった、というと、視力が落ちたり視野が欠けたりする、眼球に関連する疾患を思い浮かべるでしょう。白内障や緑内障、あるいは視力を矯正するレーシック手術
のように眼科は外科的な施術が多い。しかし、神経眼科は、視力や視野の検査では正常でありながら、“見る”ことにトラブルを抱える患者さんを診療します。
神経眼科学が扱う主な疾患は、おおまかにいって眼球運動系、そして視覚受容系の二系統に分かれます。視覚神経の異常に起因する眼瞼痙攣(がんけんけいれん)は、目が開けられなくなったりする眼球運動系の代表的疾患ですが、これは周囲の人間にも患者さんに何が起こっているのか、ある程度、症状が目視できます。一方の視覚受容系の疾患はよりやっかいです。
なぜならば、これは当人の目(もしくは頭)の中で起こっていることで、周囲からはうかがい知れない。眼科医である私たちさえも、本人の訴えを話として聞くことはできますが、症状として見ることができないのです」ついにある病名にたどり着く水谷さんを襲った目の中の砂嵐は、まさにこの「視覚受容系」の症状に合致する。
アナログテレビをつけっぱなしにしたとき、深夜になるとザーザーとした白黒のノイズが出た。ちょうどあのノイズのように視界にザワザワと細かい粒子が見えるのだという。
〈白く塗装された壁、エレベーターの中は砂嵐の現れ方がひどい〉〈おそるべきことに、砂嵐は目を閉じても続く。眠ろうとしても、まぶたの中でザワザワとノイズが騒ぎ続
ける。耳鳴りや偏頭痛のように「慣れる」「そういうものだとあきらめる」という姿勢でやりすごすしかない。不眠に苦しむことも多くなった〉(『打ち返す力』より)
「打ち返す力 最強のメンタルを手に入れろ」(講談社)水谷さんは、この症状が出る前に、視力の低下のためレーシック手術を受けていた。まさかレーシック手術で医療過誤でもあったのだろうか……。
自らの症状をインターネットで検索しまくり、ついにある病名にたどり着く。「ビジュアルスノーシンドローム(Visual Snow Syndrome)」医師によって告げられたのではなかった。同じ症状に苦しむ人々のサイトなどから見つけたのだ。この疾患は、「国際疾病分類(ICD)」などには登録されておらず、眼科医の教科書にも載っていない。
前出・若倉氏が言う。
「神経眼科の臨床現場で、私のもとにやってくる人々の中に、水谷さんと似た症状を訴える例がありました。最初に診たのは女子中学生で、視野の中にいつも小雪が降ってい
るようで、邪魔でしょうがないという。この症例に私が『小雪症候群』とつけたのは2004年、自著の中で発表したのは2005年でした。その9年後、2013年にイギリスでVisual
Snow Syndromeとして報告され、次第に広まっていったのです」とはいえ、この症状についての研究論文が発表されたのは、2019年が最初であり、日本では今年になってようやく症例研究が発表されただけである。
新しい病気はなぜ生まれる?
そもそも、なぜこうした「新しい病気」が登場してくるのだろうか? 清澤氏が言う。「先ほどお伝えしたように、患者さんの頭の中だけで起こっている病気に関しては、非
常に特定が難しいのです。ビジュアルスノーは、当初、閃輝暗点(せんきあんてん)という症状の一分類なのではないかと考えられていました。
閃輝暗点は、突然、視野の中に光のギザギザ、キラキラの波が見え、それが次第に消えていくと症状が治まったのちに片頭痛に襲われるという病状です。脳の視覚を司る中枢の血管が収縮、その後、拡張する(もとに戻ろうとする)ことによって周囲の神経を圧迫して片頭痛に見舞われるとされており、ストレスなどが関係しているとされています。
しかし、ビジュアルスノーは、そうした一時的な現象ではなく、ずっとちらつきが継続する。閃輝暗点とはメカニズムが違うのではないか、と。水谷さんの視界の中に見えて
いるちらつき症状は、神経眼科的には“視覚陽性現象”といいます。本来存在していないものが見えてしまうことです。この視覚陽性現象が続くのは、高次脳機能に何らかの
バグがあるのではないかとも考えられるようになってきています」
高次脳機能障害は、失語症、記憶障害なども分類されている。
「水谷さんがビジュアルスノーシンドロームであるとすれば、難病といっても間違いではないでしょう。この病はまだあまりにも不明なことが多すぎる。そもそも疾病分類に入っていないことでもそれはわかると思います。日本でもビジュアルスノーについて研究している専門医は数人しかいないのが現状です。神経眼科の臨床医として患者さんを診察する中で、ようやく私自身が最近見つけた共通項は、ビジュアルスノーの患者さんは、おおむねコントラスト感度が弱いということ。
真っ白なペンキ文字を「輝度100」とし、真っ黒の墨を「輝度0」とします。その感度を少しづつ変化させて漆黒を濃い灰色に、真っ白を薄いグレーにしていく。通常の人間ならば30%の濃淡があれば.文字が読める(識別できる)のですが、ビジュアルスノーの人は60~70%の濃淡でないと読めないのです。水谷さんは自著の中で“ボールが消える”と表現していましたが、これは背景にボールが溶け込んでしまった状態を指すのかもしれません。
いずれにせよ、ビジュアルスノーシンドロームは、まだメカニズムもわからなければ、対症療法のめどもない。抗てんかん薬、利尿剤、抗生物質などの投与例が海外で散見さ
れますが、それで症状が消えたというような報告もなされておらず、まだまだ長い時間がかかるでしょう」(清澤氏)
よくそんな状態の中で水谷さんは戦ったものだ。それと同時に、自著の記述からは、現役引退を表明した奥底に、この風景は決してわかってもらえない、という切ない思いが
あったことがにじみ出ている。
同じ悩みを持っていた選手はほかにもいた
スポーツ選手にとって、「見る」という行為がどれほど大切なのかはいうをまたない。実は、水谷さんと同じ悩みを持っていた選手はほかにもいた。
2010年から2015年まで阪神タイガースに在籍し、オールスターゲームにも出場したマット・マートン選手だ。
気分屋と言われたマートン選手だが、実はあるときからピッチャーが投げたボールの「糸目」を見ることができなくなり、変化球に対応できなくなった。それは、2011年。東
日本大震災による日本中の電力不足に伴い、甲子園球場も光量を制限してのゲームとなったためだった。背景の闇が深くなり、グラウンドが明るくなる。強いコントラストの
景色の中でボールを見ることはビジュアルスノーの人間には苦痛となるのだ。しかしマートン選手は報道陣やファンの前ではそれを口に出さず、ひそかに神経眼科を訪れていたのだという。
マートン選手が結果としてビジュアルスノーシンドロームだったのか、あるいは何らか別の疾患であったのか、詳しいことまではわからない。しかし少なくとも彼が、自分にしかわからない光景に悩んでいたことは間違いない。
若倉氏が言う。
「眼科の診断はこれまで視力と視野という検査によってのみ判定されてきました。日本の医療は、患者さん本人の訴えではなく、検査上の数値などに重きをおく風潮が続いて
きました。バイオマーカー(=疾患などを指し示す生理学的指標)がなければ、それはないものだ、とされてきたのです。
しかし検出できないことは軽症で、検出できることは重症であるという考え方はおかしいのではないでしょうか。たしかに本人にしかわからないことは重度・軽度の判定が難
しい。時に詐病の疑いもかけられてきました。しかし、本人にしかわからない症状だからといってそれを放置していいことにはならないし、そうした人々の声をくみ取ろうとしないことは、プロの医師としてあってはならないと思います。
今回、水谷さんのような著名人の方が、自分にしかわからない症状について声を挙げてくれたことはとても意義深いことです。実際に彼がビジュアルスノーについて発言して
から、私の病院に水谷さんと同じ症状ですと訪れる患者さんが毎日のように現れるようになりました」
人間にはコミュニケーション能力が備わっている。声をあげることの重要性を誰よりもわかっているのが、水谷さんだ。
9月24日の出版記者会見でも、おそらく彼は、自分の中に広がる苦しい光景について、率直に語ってくれるに違いない。
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