神経眼科と人工知能 ― 視神経障害や視覚経路障害診断への新たな可能性
背景
近年、人工知能(AI)の進歩は医療分野にも広がり、特に眼科領域では画像診断や病変の自動検出に活用されるようになっています。中でも神経眼科は、視神経や視覚経路の障害を扱う分野であり、従来はMRIや視野検査など専門的な診断技術と高度な医師の経験が必要とされてきました。ところが、AIの登場によって、診断の正確性や効率が大きく向上する可能性が示されています。
2025年8月にCureus誌に掲載されたサメンドラ・カルクールらの論文「神経眼科における人工知能: 視神経障害および視覚経路障害の診断の機会」では、AIを神経眼科領域でどう活用できるかが論じられています。本記事ではその概要をわかりやすくまとめます。
目的
この研究の目的は、AIを用いることで視神経障害(視神経炎、虚血性視神経症など)や視覚経路障害(脳腫瘍、脳梗塞などによる視覚異常)の診断機会を広げ、より早期かつ正確に疾患を捉えることが可能かどうかを整理することでした。
方法
著者らは、既存のAI応用研究や臨床報告をレビューし、以下の観点から検討を行いました。
- 画像解析
・OCT(光干渉断層計)やMRI画像をAIに学習させることで、微細な構造変化を自動検出する。
・視神経の菲薄化や脳内病変を早期に発見できる可能性がある。 - 視野検査の解析
・患者の視野欠損パターンをAIが解析し、緑内障性変化と神経学的疾患による変化を区別できるかを検討。 - 予測モデルの構築
・患者背景や検査データを統合し、病気の進行や予後を予測するモデルを開発。
結論
AIは、神経眼科疾患の診断や経過観察において強力な補助ツールとなり得ることが示されました。特に、早期発見・診断精度の向上・医師の診断負担軽減といった利点が強調されています。一方で、AIはあくまで医師の判断を補助するものであり、最終的な診断は専門医が担うべきである点も明記されています。
考察
著者らは、AI活用における利点と課題の両面を指摘しています。
- 利点
・人間の目では見落としやすい微細な変化を捉えられる
・診断のばらつきを減らし、地域医療の質を均一化できる
・検査時間の短縮、効率的な診療が可能になる - 課題
・AIが学習するための十分で質の高いデータが必要
・データに偏りがあると診断結果も偏る危険性
・患者のプライバシーや倫理的な問題の整理が不可欠
特に神経眼科領域は患者数が限られるため、大規模なデータベース構築が難しいことが課題として挙げられています。それでも、遠隔医療や共同研究を通じてデータを集め、AIを育てていく努力が進められていることが紹介されています。
まとめ
この論文は、「AIが神経眼科の未来をどう変えるか」を展望したものです。AIはすでに一般眼科(糖尿病網膜症や緑内障のスクリーニングなど)で成果をあげていますが、視神経や脳の視覚経路といった難しい領域でも応用が期待されています。
私たち臨床現場でも、AIが診断の精度を高めるだけでなく、患者さんへの説明や経過予測のツールとなる日が近づいていると感じます。今後は、AIと医師が協働しながら、より安心で質の高い医療を提供できるようになるでしょう。
📖 引用文献:
Karkhur S, Beri A, Verma V, et al. (2025年8月15日)
神経眼科における人工知能: 視神経障害および視覚経路障害の診断の機会
Cureus 17(8): e90142. doi:10.7759/cureus.90142
表1は、神経眼科におけるAIのモダリティ別応用の概要を示しています。
モダリティ |
AIアプリケーション |
診断対象 |
パフォーマンス |
参考 |
眼底写真 |
乳頭浮腫と偽乳頭浮腫 |
乳頭浮腫 |
94%の精度、AUC 0.97 |
Bouthour et al. [15] |
眼底写真 + OCT |
ONとNAIONの分類 |
視神経炎、NAION |
93%の精度 |
Liu et al. [16] |
OCT+OCT-A |
NAIONと緑内障の区別 |
虚血性ON、緑内障 |
95%の精度、κ = 0.92 |
ブノッド他 [8] |
視界 |
進行検出 |
緑内障、視交叉欠損 |
89%-97%の精度 |
アブダルガディル他[9] |
MRI/CT+DLです。 |
病変の分類 |
圧迫性病変と脱髄性病変 |
AUC≥ 0.90 |
チェンら[7] |
マルチモーダル + アプリ |
鑑別診断ツール |
視神経障害(さまざま) |
診断時間 35%、κ = 0.82 |
ヴィニーら[11] |
表 1: モダリティ別の神経眼科における AI アプリケーションの要約
視野検査とは、Humphrey Field Analyzer 24-2 や 30-2 などの閾値ベースの戦略を使用した自動視野測定を指します。
AI、人工知能;OCT、光コヒーレンストモグラフィー;OCT-A、光コヒーレンストモグラフィー血管造影;AUC、曲線下面積;ON、視神経炎;NAION、非動脈炎性前部虚血性視神経障害;MRI、磁気共鳴画像法;CT、コンピューター断層撮影法
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