心的外傷後ストレス障害(PTSD)治療 ― プライマリケアでの新たな比較試験結果
背景
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、事故や災害、戦闘体験、暴力被害などの強いストレスを経験した後に生じる精神的後遺症です。悪夢やフラッシュバック、過覚醒、回避行動などを伴い、社会生活を大きく損なうことがあります。
米国では退役軍人を中心に多くの患者がプライマリケア(一般診療)を受けていますが、PTSD治療は専門的なメンタルヘルス施設に限られることが多く、実際に専門的治療を受けている患者は全体の3分の1程度にすぎません。
これまで、抗うつ薬(SSRI)と心理療法の効果を直接比較した研究はわずか3件で、いずれも専門施設で行われ、一般診療現場での比較は行われていませんでした。本研究は、プライマリケアの現場で両者の実用的効果を検証した初の大規模試験です。
目的
研究の主な目的は2点です。
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短期間のトラウマ焦点心理療法(書面暴露療法:WET)が、SSRI薬よりも効果的かどうかを比較すること。
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SSRIに反応しなかった場合、SNRI(ベンラファキシン)への切り替えとWETの併用強化のどちらが有効かを比較すること。
方法
この研究は、2021年から2024年にかけて、米国内の7つの連邦認定保健センターと8つの退役軍人省医療センターのプライマリケア外来で行われました。
PTSDの診断基準を満たす700人(平均年齢45歳、男性約6割)が参加し、以下の3つの治療シーケンスのいずれかに無作為に割り付けられました。
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SSRI服用後にWETを追加する群
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SSRI服用後にSNRI(ベンラファキシン)へ切り替える群
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WETから開始し、その後SSRIを追加する群
主要な評価指標は、PTSD症状の重症度を測定する「PCL-5スコア」の変化でした。
結果
治療4か月後の時点で、SSRI群の患者の約52%が処方に忠実で、平均14ポイントのスコア改善を示しました。
一方、WET群では全セッションを完了したのは約3割で、平均12ポイントの改善でした。
両群間の症状改善の差は統計的に有意ではありませんでした(平均差1.79ポイント、p=0.17)。
次に、SSRIで十分な改善が得られなかった患者を対象に、WETを追加した群とSNRIへ切り替えた群を比較したところ、SNRI群での改善(9.2ポイント減少)がWET強化群(2.3ポイント減少)より明らかに大きく、統計的に有意でした(p<0.001)。
結論
この研究は、プライマリケアにおいてもSSRIまたは短期のトラウマ焦点療法(WET)のいずれも実行可能で有効であることを示しました。
ただし、心理療法への継続的な参加率は低く、治療の定着を支援するための追加的サポートが必要であることも明らかになりました。
また、薬物療法で十分な効果が得られない場合には、別の薬剤(SNRI)への切り替えが有効である可能性が示されました。
出典
Fortney JC, Kaysen DL, Engel CC, et al.
Pragmatic Comparative Effectiveness of Primary Care Treatments for Posttraumatic Stress Disorder: A Randomized Clinical Trial.
JAMA Psychiatry. Published online October 15, 2025. doi:10.1001/jamapsychiatry.2025.2962
清澤のコメント
この研究は、専門医療に頼らずとも一般診療の場でPTSD治療が実施可能であることを示した重要な成果です。
眼科診療でも、外傷や急病により精神的ストレスを抱える患者は少なくありません。
今回の結果から、薬物治療と心理療法のどちらか一方に固執するのではなく、患者の受け入れやすさと継続性を重視した柔軟なアプローチが重要であると感じます。
また、治療に対する“参加のしやすさ”が結果に大きく影響している点は、慢性疾患管理にも通じる普遍的な課題といえるでしょう。
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