神経眼科

[No.4573] 精神障害は「はっきり分けられる病気」なのか? ― 恒常性的特性クラスターという新しい考え方 ―

精神障害は「はっきり分けられる病気」なのか? ― 恒常性的特性クラスターという新しい考え方 ―

精神医学では、うつ病、不安障害、統合失調症など多くの診断名が使われています。しかし実際の診療では、「この人はこの病気」と明確に区別できないケースが少なくありません。今回紹介する論文は、精神障害をどのように分類すべきかという長年の問題について、新しい視点を提示したレビューです。

現在の精神医学の診断は、主に **DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)**という分類体系に基づいています。このシステムは1980年以降何度も改訂され、臨床や研究の共通言語として大きな役割を果たしてきました。しかし問題も指摘されています。同じ診断でも症状の組み合わせが人によって大きく異なること、複数の疾患が同時に存在する併存率が高いこと、医師によって診断が一致しにくい場合があることなどです。DSMは改訂を重ねてきましたが、こうした根本的な問題は十分には解決されていないとされています。

そこで著者は、生物学の「種の分類」にヒントを求めました。生物学でも動物や植物をどう分類するかという問題が長く議論されてきました。かつては「種には本質的な特徴がある」と考えられていましたが、ダーウィンの進化論以降、その考え方は変化しました。現在では、種は必ずしも明確な境界を持つものではなく、似た特徴が集まってできたグループとして理解されることが多くなっています。

この考え方は 「恒常性的特性クラスター(HPC)」 と呼ばれます。ある特徴があると別の特徴も現れやすいという関係によって、複数の性質が自然に集まりクラスターを作るという考え方です。そのため境界は必ずしもはっきりせず、典型例の周囲にはグレーゾーンが存在します。

著者は、このHPCの考え方を精神医学にも応用できると提案しています。精神障害は明確に分離された病気ではなく、生物学的・心理的・社会的要因が相互に関係して形成される特徴の集まりとして理解できる可能性があります。たとえば、ある症状が別の症状を引き起こしやすくなり、それが統計的に集まって「うつ状態」や「不安状態」といったパターンを作るという見方です。

この視点では、精神疾患の境界があいまいであることや、複数の診断が重なって現れることも自然な現象として説明できます。またこの考え方は、生物心理社会モデル、脳ネットワーク研究、精神病理の階層分類、RDoC研究枠組みなど、現在の精神医学の主要な研究方向とも整合しています。

さらに著者は、精神医学では「唯一の正しい分類」を求める議論から離れる必要があると指摘しています。臨床医、研究者、政策立案者では目的が異なるため、すべての人にとって最適な単一の分類体系を作ることは難しいからです。

このレビューは、精神障害を固定した病名としてではなく、複数の特徴が集まったパターンとして理解する新しい枠組みを提示しています。精神医学の分類の考え方そのものを見直す提案といえるでしょう。

出典

Fried EI. Mental Disorders as Homeostatic Property Clusters: A Narrative Review. JAMA Psychiatry. Published online March 11, 2026. doi:10.1001/jamapsychiatry.2026.0073

清澤眼科のコメント

医学では病気を明確なカテゴリーに分けようとしますが、実際の患者さんでは症状が連続的に現れることも多くあります。眼科でもドライアイや羞明などは単一の原因では説明できないことがあります。病気を「特徴の集まり」として理解する視点は、今後の医学全体にも重要な考え方かもしれません。

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