糖尿病網膜症・加齢黄斑変性・網膜疾患

[No.847] 「裂孔原性網膜剝離治療への歩み」竹内忍著:記事紹介

清澤のコメント:現代の眼科のレジェンドと呼ばれる先生方が後輩に伝える言葉が3件、今月は日本の眼科に出ています。その一つが竹内忍先生です。「裂孔原性網膜剝離治療への歩み」竹内忍先生の著作を抄出してみます。竹内忍先生は現在もご健在ですが、その緻密な眼底観察は田中、寺松、馬場氏等へと綿々と今も引き継がれています。最近はエクソプラントを行わずに、いきなり硝子体手術に向かう術者も多いようです。私はこの竹内先生の5年下の卒業ですから、クライオ、エクソプラント、ジアテルミー+インプラント、硝子体手術迄を東北大玉井教授に教わり、ある時期には行わせてもらいました。ですからこの文章の流れはまずまず理解できました。この記事は長大ですので、聞き書きメモ的に勝手に短縮採録させていただきます。眼科医であれば、日本の眼科のページで見られますので、原文をぜひ丁寧にお読みください。

勤務医時代には、個人で高価なそして日々新型の出る双眼倒像鏡を購入するのには、ずいぶん迷ったのも思い出しました。メスを手放した今の私には、網膜剥離を見つけてその手術を的確に行える人々に患者治療を依頼することしかできません。せめて変視症や視野欠損の訴えのある患者では散瞳検査を厭わず、剥離を見落とさないようにしたいものと思って診療を行っています。

   ーーー記事の抄出採録ーーー

〔要約〕 裂孔原性網膜剝離の手術治療成績は,1970 年代初頭においてはその復位率は 90%に満たない状況だった。網膜硝子体検査におけるゴールドマン 3 面鏡を用いての細隙灯顕微鏡検査および眼底スケッチの重要性を示し,強膜バックリング手術の術式の変遷を解説した。硝子体手術の導入後の液―空気置換による網膜復位術,眼内光凝固術,液体パーフルオロカーボンやシリコーンオイルの導入などにより手術成績は著しく向上した。硝子体手術例の増加と共に強膜バックリング手術例は減少し,バックリング手術の優位性の理解が失われつつある。また,強膜バックリング手術の経験不足により,術式選択を誤る例もみられる。今後とも強膜バックリング手術は必要であり,復位率の向上を図るためにも,強膜バックリング手術の教育は大切だ。

ーーー本文(抄出)ーーー

はじめに
 1970 年代初頭には,裂孔原性網膜剝離の手術復位率は良くて90%で 10 人に 1 人は失明に至る疾患であった。当時は術前の安静が重要視され,裂孔凝固はジアテルミー穿刺凝固が採用され,強膜短縮手術かエクソプラント手術が行われていた。強膜を半層切開してシリコン材料を埋没するインプラント手術は限られた施設のみで行われた。

Ⅰ.裂孔原性網膜剝離の発生機序と治療原則
 裂孔原性網膜剝離が生じるためには,裂孔の存在,裂孔部分への牽引,裂孔を通して網膜下に入る液化硝子体が必要。中高年者の網膜剝離の大部分は,硝子体の液化が進んで,後部硝子体剝離が起こり,硝子体と網膜との癒着部分で裂孔が生ずる。網膜剝離の進行が早く胞状に剝離する。
 治療の原則は裂孔の閉鎖。閉鎖とは裂孔を脈絡膜側に接着させて液化硝子体の侵入を防ぐこと。強膜バックリング手術は強膜を内陥させて裂孔を外側から塞ぐ方法で,同時に硝子体の牽引を弱めることができる。硝子体手術は,硝子体の切除によって牽引を軽減させ,気体によって内側から裂孔を塞ぐ。裂孔部周囲の網膜および脈絡膜を凝固することによって瘢痕による感覚網膜と網膜色素上皮および脈絡膜との瘢痕癒着を作る。
 裂孔を閉鎖できれば網膜剝離を治癒させることができるが,実際には復位に成功しない例が多く,難治性疾患という認識が長く続いた。
Ⅱ.網膜硝子体の観察
 ゴールドマン 3 面鏡を用いての細隙灯顕微鏡による観察が,最も優れた網膜,毛様体および硝子体の検査法だ。私(竹内)が眼科医になった 1973 年では,的確な網膜硝子体検査は行われていなかった。1976 年に Schepens グループが成書を発刊し,細隙灯顕微鏡とゴールドマン 3 面鏡による検査方法を解説した。ゴールドマンは,網膜および硝子体の光学的切片による観察を目的に細隙灯顕微鏡を作った。
 網膜剝離およびその類縁疾患の患者を検査し,病態の把握が十分にできるように自分なりに訓練した。強膜を圧迫して観察鏡の視野の中に鋸状縁領域が見えるようにしなくてはならない。硝子体基底部と鋸状縁領域の観察が十分にできるようになった。
 同様に当時の一般的な眼底検査は単眼倒像鏡によるものだった。単眼倒像鏡による検査では立体視ができないばかりか,鋸状縁領域の観察が不可能だった。双眼倒像鏡と強膜圧迫子を用いての眼底検査法はごく限られた施設のみで行われていた。検査方法をマスターできるようになるまでは随分と長い時間がかかったが、眼底病態の把握に関しては誰にも負けないという自信を持つことができまた。
 手術治療というのは,理論と実践の繰り返しによって進歩すると考えているが,その前提となる病態の把握がしっかりできていないと誤った理論が導かれてしまう。正確な病態を診断することが非常に重要。ーー 裂孔原性網膜剝離が増殖性硝子体網膜症(PVR)の進行に伴い,硝子体と増殖組織の収縮によって,どのような形態になるかが明らかになった。網膜の表面と裏面に増殖組織が生じて徐々に収縮するため,網膜に接線方向の牽引が生じ,また硝子体も網膜を円周方向に牽引することになり,最終的には剝離した網膜の断面は T 字型になってしまうことが分かった。
Ⅲ.強膜バックリング手術
 硝子体手術が導入される以前は,全て眼外からのアプローチで手術が行われた。1970 年代初期の本邦での主な網膜剝離治療は,まず細隙灯顕微鏡と単眼倒像鏡による詳細な眼底検査が行われ,それを網膜剝離チャートに裂孔の位置と数など正確に描くようにしていた。裂孔不明例では時間をかけて,詳細な眼底検査を行い,裂孔検出に力を注いだ。また,手術中の流れの途中で,たとえば網膜下液の排液後に網膜剝離の形態が変化して,裂孔を見失う可能性もあり,術前の詳細なチャートの記載は,手術に際しては基本的なことだった。

 バックリング手術における私の治療方法の変遷は,まずジアテルミー穿刺凝固により裂孔周囲の凝固とシリコンロッド縫着による,エクソプラント手術を教わりましたが,復位率は 90%未満であった。東京厚生年金病院に移ってからは,まずインプラントによるバックリング手術を行い,その後 1 週間絶対安静とした後,バックル上がドライになったらキセノン光凝固で裂孔を凝固するという 2 段階手術を教わった。。
 しかしながら,術前の安静による網膜下液の減少を待ってからの手術の必要性に対する疑問があった。インプラント法を用いた 2段階手術では,まずインプラント手術が必要な例は鋸状縁裂孔による網膜剝離などの限られた症例であり,渦静脈領域ではインプラント手術が困難なことを経験し,エクソプラント手術でほとんどの症例に対応できると判断した。
 裂孔凝固に対しては,双眼倒像鏡下に自分で冷凍凝固のプローブを操作して行い,必要以上の凝固を避けるようにし,例え胞状の網膜剝離でも脈絡膜が凝固できれば網膜を直接凝固する必要がないことから,術前の絶対安静を止めた。比較的大きな裂孔では,子午線方向に皺ができて,裂孔がいわゆるフィッシュマウス状態になる例があり,単一の弁状裂孔では子午線バックルを選択するようにした。
 巨大裂孔網膜剝離に対してもSF6 ガスの応用を行った。黄斑円孔網膜剝離に対しては,外直筋を一時切腱し,耳側の強膜を短縮したうえで黄斑円孔に対してシリコンロッドを子午線方向に縫着することで,ほぼ 100%に近い復位率を得ていた。私自身はその後,外直筋と下斜筋を切腱して術野を広くして,シリコンスポンジを縫着した。
 網膜下液の排液の方法に、私はごく簡単な方法を選択しました。電気分解針を用いて排液する箇所で強膜に電気分解を行って一部を菲薄化し,そのまま電気分解針で穿刺する方法です。網膜の嵌頓もなく良い方法と思って現在でもこの方法を採用しています。バックリング手術を駆使することにより,網膜復位率は 95%以上になったが,硝子体出血例や重症な増殖性硝子体網膜症(PVR)に対してはバックリング手術の限界がありました。
Ⅳ.硝子体手術
 1970 年Robert Machemerの硝子体混濁の治療から網膜剝離に対する治療に至るまでには,かなりの時間が必要だった。網膜剝離の治療に硝子体手術が応用できるようになったのは,空気灌流下に網膜を復位させることが可能になってから。私自身はバックリング手術でそれなりの復位率を得ていたので,通常の網膜剝離に対しては硝子体手術を適応とせず,もっぱら硝子体出血例,裂孔不明例,巨大裂孔例,難治性であった PVR に対する手術に専念していた。PVR に対する手術では,徹底した増殖膜の除去と硝子体の切除が求められる。20 ゲージによる硝子体手術を行っていましたが,照明付きの硝子体鑷子や剪刃を用いて,増殖組織を 2 手法によって丹念に除去し,シリコンタイヤによる輪状締結術を併用してそれなりの手術成績が得られた。難治性の網膜剝離の代表である巨大裂孔網膜剝離に対しては,ガス注入による網膜復位とバックリング手術を併用する方法を取っていた。
 1987 年に,Stanley Chang が液体パーフルオロカーボンを応用して,翻転した網膜を元の位置に戻す方法を発表した。シリコーンオイルと置換することによって,このスリッページを予防することができ,治療成績が格段に向上した。
 黄斑円孔網膜剝離に対する手術には,強膜バックリング手術を行って高い網膜復位率を得ていましたが,手技が難しく,復位しても変視症の問題が残った。その後,黄斑円孔上方の翻転内境界膜弁を使って黄斑円孔を被覆する方法を採用し,黄斑円孔網膜剝離で高い網膜復位率を得ることができた。
Ⅴ.現在の治療法の問題点
 裂孔原性網膜剝離の治療に硝子体手術が導入されて以来,初回手術の術式の選択は時代と共に大きく変わってきている。強膜バックリング手術の症例数は急速に減り,バックリング手術の優位性を理解する機会も失われ,バックリング手術そのものを否定するような誤った意見もみられる。硝子体手術では優れた眼内照明により,詳細な網膜硝子体の観察が可能となった結果,術前の詳細な眼底検査がおろそかになり,病態の把握が不十分なまま硝子体手術を行う傾向にある。強膜バックリング手術の知識・技量不足により,安易に硝子体手術が選択される症例が多くなっている。さらに,硝子体手術に際しても,バックリング不要論,全周 360 度光凝固術,網膜を復位させる
ために網膜切開・切除術が多用され,その結果としてシリコーンオイルの非抜去の例も散見されるようになった。
Ⅵ.医療保険制度下での今後の網膜剝離手術
 裂孔原性網膜剝離の手術治療の進歩によって,入院せずに外来での日帰り手術を行う施設が増えています。入院治療の成績と同等だった。入院での看護必要度の低い眼科は,外来手術に持っていこうとする意図がありそう。諸外国ではすでに外来・日帰り手術が主流となっている。
お わ り に
 裂孔原性網膜剝離の病態生理が次第に明らかになって,20 世紀前半に手術治療が行われるようになった。そして,強膜バックリング手術の改善により,手術成績も向上してきた。20 世紀後半に入ってからは,硝子体手術が導入されたことにより,難治性網膜剝離を中心にさらに復位成績は向上しました。21 世紀に入ってからは 25 ゲージを代表とする小切開硝子体手術と広角眼底観察機器の導入も相まって,硝子体手術は洗練されてきた。
しかしなら,強膜バックリング手術の経験不足により,術式選択を誤る例もみられる。今後も強膜バックリング手術は必要な術式であり,その教育も大切。特殊な網膜剝離や続発性網膜剝離に対する手術も改善できれば,網膜剝離による失明を一層減少させることができると思う。

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