健康診断での眼底写真検査には、以前の参道型眼底カメラに代わって、無散瞳眼底カメラが使われるようになりました(注1)。時代や医療の進歩に伴い、眼底写真を撮影する目的やチェック項目が変遷してきました。以下にその変遷を説明します。
- 初期:高血圧性網膜症や糖尿病網膜症の検出
- 目的:主に生活習慣病(高血圧や糖尿病)の早期発見と管理が目的でした。
- チェック項目:
- 高血圧性網膜症:動脈硬化性変化、血管の狭窄や屈曲(銅線化・銀線化)、乳頭浮腫など。高血圧性変化
- 糖尿病網膜症:点状出血、斑状出血、軟性・硬性白斑、新生血管形成など。
- 健康診断での普及背景には、生活習慣病による眼底出血などによる失明リスクの減少が期待されていました。
- 中期:全身疾患に関連する網膜変化の拡大
- 目的:より幅広い全身疾患の兆候を網膜から発見することに重点が置かれました。
- チェック項目:
- 動脈硬化性変化:血管の交叉現象(交叉徴候)。
- 腎疾患に関連する眼底所見:浮腫や血管の異常。
- 高脂血症:黄斑部の脂質沈着(ハードエクスデート)。
- 健康診断での活用は、眼底写真を全身疾患の「窓」として使う意識が高まった結果です。
- 近年:緑内障や加齢黄斑変性の早期発見
- 目的:眼疾患自体の早期発見と予防医療に重点が移行。
- チェック項目:
- 緑内障:
- 乳頭陥凹の拡大(C/D比の増大)。
- 神経線維層欠損(特にOCTとの併用で感度が向上します)。
- 視神経乳頭出血。
- 加齢黄斑変性:
- 黄斑部のドルーゼン。
- 網膜下出血や滲出物。
- 緑内障:
- 特に高齢化社会の進展とともに、視覚障害を引き起こす主要疾患(緑内障、加齢黄斑変性)のスクリーニングが重視されています。
- 現在および将来:AIや自動解析の導入
- AIの活用:
- 自動画像診断により、異常検出精度の向上が期待されます。
- 高血圧や糖尿病に加え、アルツハイマー病などの神経変性疾患リスクを眼底所見から推測する研究も進行中です。
- 進化したチェック項目:
- 微小血管病変:全身性疾患のさらに早期の徴候として。
- 視神経疾患:視神経炎や圧迫による変化。
- 網膜血管形態:網膜血管の形態や分岐状態が全身疾患リスクの指標として注目されています。
健康診断における眼底検査の役割
眼底検査は、生活習慣病のスクリーニングから、緑内障や加齢黄斑変性などの視覚障害予防へと進化し、AI技術の導入により将来的にはさらに精度が向上する見込みです。特に緑内障は初期の自覚症状が乏しいため、健康診断における眼底写真の役割は今後も重要性を増すでしょう。なお、白内障や角膜混濁では眼底写真の鮮明さが失われて「判定(読影)不能」という診断がつきます。その場合にも眼科での再検査が必要です。
注1:無散瞳眼底カメラではピント合わせが赤外線で行われるため、撮影前にまぶしい光を当てることなく、撮影の瞬間のフラ集だけがまぶしさの原因となります。少し待てば、連続的に反対眼も撮影できます。無散瞳眼底カメラが日本で健康診断に取り入れられるようになったのは、1980年代後半から1990年代初頭の時期とされています。この技術の普及により、眼底検査が事前の参道を施すことなく簡便に実施できるようになり、糖尿病網膜症や高血圧性変化、緑内障の早期発見が進みました。具体的には、無散瞳眼底カメラが日本の医療機関に導入され始めたのは1970年代後半で、次第に改良が進み、1980年代にはよりコンパクトで使いやすい機器が登場しました。これにより、健康診断や人間ドックの一環として、散瞳薬を使わない眼底検査が広く行われるようになりました。一方、飛蚊症や視野欠損など眼底の変化をしっかりと評価する必要のある患者さんに対する眼科医療機関での精密な眼底検査では、事後数時間の羞明やピント合わせ能力の低下を来す散瞳剤(ミドリンP®)を使った眼底検査が敢えて行われます。
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