ご近所の話題

[No.2711] 二子玉川に行ってみました。

眼科のセミナー(SENJYU Ophthalmic Seminar)があり、近隣の町の写真を撮る目的で二子玉川に行ってきました。二子玉川は、自由が丘から大井町線で西に向かって5駅の終点です。大井町線の電車はここで多摩川を西に越えて、そのまま長津田方面に連続的に運行しています。まず驚いたのは、駅およびその周辺が非常に近代的なことでした。最初は間違えて西口に出ました。高島屋ショッピングセンターがあります。其処から戻って東口に出直してホテルに向かいます。

あれ!多摩川でなく玉川?:同じ川です、「多摩川」と「玉川」は同じ川で、正式名称は「多摩川」であるが、江戸時代まで広く「玉川」が使われていた名残で、今でも地名や団体名などで「玉川」が使われているのだそうです。二子玉川地区の地名として現在も「玉川」というものが残っており、東急多摩川線の「多摩川駅(旧多摩川園駅)」は現在の河川名である「多摩川」から付けられ、「二子玉川駅」の「玉川」は、「玉川」という河川名から付けられた地名がそのまま残っているからですとのこと。これに限らず、日本語では文字ではなく音で定義された物事も多いのですね。

「二子玉川」は、かつて多摩川を挟んで川崎市側に存在した「二子村」と世田谷区側の「玉川村」に由来するそうです。「二子玉川」という町名は存在せず、一般的には世田谷区玉川・上野毛・瀬田・野毛3丁目を指します。現在の東急田園都市線の「二子玉川駅」はこれまで幾度となく駅名が変わってきました。1907年に玉川電気鉄道(のちの東急玉川線)の「玉川駅」として開業し、1929年に目黒蒲田電鉄二子玉川線(現在の大井町線)の「二子玉川駅」が開業されました。その後、「玉川駅」が「よみうり遊園駅」に改名され、その後「よみうり遊園駅」と「二子玉川駅」が統合して「二子読売園駅」となり、さらに「二子玉川駅」、「二子玉川園駅」と改名を繰り返し、2000年に再び「二子玉川駅」となりました。駅前を中心とした開発と交通の要として時代と共に発展してきたことが伺えます。

本日、セミナーが開かれた二子玉川エクセルホテル東急が入っている二子玉川ライズビルは、楽天の旗艦ビルです。30階へは専用のエレベータでなければ行くことができません。駅からの途中にはバス広場があり、タウンフロント、リバーフロントの間のガレリア、テラスマーケット、その先には玉川ライズタワーオフィスなどの高層ビルが並んだ広大な地域があります。そこは以前、よみうり遊園があった場所です。セミナーが行われた部屋からは多摩川を挟んで川崎市が見渡せました。

セミナーでは、藤井祥太先生が角結膜について、矢島純一郎先生が緑内障の手術治療について、秋山邦彦先生が網膜剥離のニューモレチノペキシーについてお話しされました。

この内容は別の記事とします。

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