運動は「脳を再配線」する? ― 持久力を高める新しい神経科学の話題
運動が体によいことは、多くの方が実感していると思います。心臓や肺の働きが良くなり、筋肉が鍛えられ、疲れにくくなる。しかし最新の研究では、運動は筋肉だけでなく「脳そのもの」を変化させる可能性があることが示されました。
2026年に科学誌 Nature のニュースとして紹介され、専門誌 Neuron に掲載された研究では、マウスを使って「持久力が高まるとき、脳内では何が起こっているのか」が調べられました。
■ 注目されたのは「視床下部」の特定の神経細胞
研究チームが注目したのは、脳の奥にある腹内側視床下部という領域です。ここは食欲や血糖、代謝の調整に関わる重要な部位です。
その中でも「SF1(ステロイドゲン因子1)」というタンパク質を作る神経細胞群(SF1ニューロン)が研究対象になりました。これまでの研究で、SF1遺伝子が欠損したマウスは持久力が低下することが分かっていたためです。
■ 走るほど神経が“つながりやすく”なる
マウスにトレッドミルで走るトレーニングを繰り返し行わせ、その間の神経活動を記録しました。
すると次のような変化が見られました。
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運動後にSF1ニューロンが活性化する
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トレーニングを重ねるほど、活性化する神経細胞の数が増える
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神経細胞同士をつなぐ「興奮性シナプス」が倍増する
つまり、繰り返し運動をすると、神経回路そのものが強化されるのです。神経がより発火しやすくなり、「走ること」に適応した脳へと変化していくことが示されました。
これはいわば「脳の再配線(リワイヤリング)」です。
■ 神経を止めると持久力は伸びない
さらに研究者たちは「オプトジェネティクス」という方法で、特定の神経細胞を光でオン・オフできるようにしました。
運動後にSF1ニューロンを“オフ”にすると、マウスはトレーニングしても持久力が向上しませんでした。逆に人工的に活性化させると、より速く、より長く走れるようになりました。
つまり、この神経回路が持久力の発達に不可欠であることが明らかになったのです。
■ 人間にも当てはまるのか?
この研究はマウスで行われたものですが、ヒトでも同様の仕組みがある可能性があります。
私たちは「運動すると体が強くなる」と考えがちですが、実際には脳が体の適応を積極的にコントロールしている可能性が高いのです。
将来的には、
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高齢者の筋力低下予防
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病後の体力回復
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代謝疾患の治療
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アスリートのパフォーマンス向上
といった分野への応用が期待されています。ただし、今回使われたオプトジェネティクスは実験動物用の侵襲的手法であり、人にそのまま応用できる段階ではありません。
■ 眼科医としてのひとこと
眼科診療でも、「脳は使えば変わる」という現象を実感することがあります。弱視治療や視覚リハビリテーションでは、繰り返し刺激を与えることで神経回路が再構築されることが知られています。
今回の研究は、「運動もまた脳を鍛える行為である」ことを裏付けました。
筋肉だけでなく、脳も鍛えられている。
そう考えると、日々の散歩や軽い運動も、単なる体力づくり以上の意味を持つのかもしれません。
今のところ私たちにできる最も確実な方法は、特別な機械ではなく、地道に体を動かすことです。
運動は、体を変えるだけでなく、脳そのものを変えている。
そんな視点を持つと、明日の一歩が少し前向きになるかもしれません。
出典
Nature News(2026年2月12日)
DOI: https://doi.org/10.1038/d41586-026-00414-1
Kindel M. ほか. Neuron. 2026. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2025.12.033



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