日本人における「眼圧と遺伝子」の関係が明らかに ―東北メディカル・メガバンクによる大規模研究より―
(筆頭著者:Nobuo Fuse / 出典:Ophthalmol Sci. 2025)
私たち眼科医にとって「眼圧」は、緑内障の発見と管理に欠かせない大切な指標です。では、眼圧はどの程度“遺伝”と関係しているのでしょうか?
今回、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が実施した非常に大きな研究が、この疑問に答えてくれました。本研究は日本人3万人以上を対象に、眼圧と遺伝子の関係(GWAS:ゲノムワイド関連解析)を詳細に調べたものです。
■ 研究の目的
この研究の狙いは次の2つです。
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日本人の眼圧の分布を明らかにすること(年代・男女差などを含む)
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眼圧に影響を与える遺伝子(SNP:一塩基多型)を探すこと
緑内障の発症リスクには「眼圧」が深く関わりますが、眼圧の高さは生活習慣だけでなく遺伝の影響も大きいと言われています。日本人だけを対象にした大規模研究はこれまで少なく、本研究は世界的にも貴重なデータとなりました。
■ 調査の方法
対象は東北地方の2つの地域コホート:
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地域住民コホート(CommCohort):22,150人
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三世代コホート(BirThree Cohort):11,302人
参加者は
・問診・眼科検査(眼圧測定など)・身体計測・血液検査・遺伝子のマイクロアレイ解析、などを受けました。
まず地域住民コホートで遺伝子と眼圧の関連を「探索」し、次に三世代コホートで「再確認(検証)」し、最後に両者を統合してまとめるという三段階の精密な分析が行われました。
■ 眼圧の平均値と年齢による変化
研究では、右眼の平均眼圧は 約14.0mmHg、左眼もほぼ同じでした。日本人としては妥当な値です。
興味深い点は、
■ 年齢が上がるほど眼圧が低くなる(P < 0.001)
というはっきりした傾向が認められたことです。
「歳をとると眼圧は上がりやすい」と考えている人がいますが、実際には日本人では反対に下がる傾向があるというデータが示されました。
(※もちろん緑内障の発症や進行は眼圧以外の要素も大きく影響します。)
■ 遺伝子解析(GWAS)でわかったこと
本研究の核心は「眼圧に関わる遺伝子」がどれだけ見つかったか、という点です。
● 発見された遺伝子の数
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探索段階:573個の有意な遺伝子変異(SNP)
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検証段階:2個
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最終的な統合解析(メタ解析):
21箇所の遺伝子領域(loci)に合計1601個のSNPを同定
そのうち、
17個は既知の「眼圧や緑内障に関係する遺伝子」でした。
しかしここからが本研究の最大の成果です。
● 新しく4つの遺伝子が「眼圧に関係する」と判明
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SEPT8(セプチン8) / 染色体5
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ALDH2(アルデヒド脱水素酵素2) / 染色体12
※お酒に弱い体質に関係する遺伝子として有名 -
COL6A2(コラーゲンVIα2) / 染色体21
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WNT7B / 染色体22
Wntシグナルは眼の発生や再生にも関わる重要な経路です
これら4つは日本人研究で初めて発見された遺伝子で、眼圧や緑内障に関する日本人特有の遺伝的特徴を示すものとして注目されています。
■ この研究が示すこと
今回のToMMoの研究は、日本人における眼圧の遺伝的背景を世界で最も詳細に調べたものです。
特に重要なのは、
◎ 緑内障リスクの遺伝的な理解が進んだ
◎ 日本人特有の遺伝子が複数見つかった
◎ 将来の個別化医療(遺伝情報に基づく緑内障予防)に役立つ
ということです。
私たち眼科医が診療するうえでも、今後「遺伝」を含めて緑内障を考える時代がやってきます。
眼圧が正常でも神経が弱いタイプの緑内障(正常眼圧緑内障)が多い日本人では、このような遺伝学の研究は特に役立ちます。
■ 院長コメント
今回の研究は、日本人の眼圧がどのように形成されているかを「遺伝子レベル」で明らかにした画期的なものです。特に、ALDH2のような「日本人に多い遺伝子」が眼圧と関係している可能性は非常に興味深い点です。
緑内障は早期発見が最も重要で、40歳を過ぎたら一度はスクリーニング検査(眼底OCTなど)を受けることをお勧めしています。本研究は、将来は遺伝情報を加えた“より正確な予測”ができるようになる可能性を示しています。
引き続き、新しい知見をわかりやすく発信していきたいと思います。



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