清澤のコメント:昨日の日刊ゲンダイに掲載された自著記事です。幻視は幻覚の一種ですが隠された重大な原因疾患もありますからご注意ください。
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いないはずの人が見える…「幻視」の背後に潜む「目の病気」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」──。幽霊かと思ってこわごわのぞいてみたら、じつは枯れたすすきだったということから転じて、物事を恐れながら見ていると、実際とはかけ離れたとんでもないものに見えてしまうという意味でよく使われる。見間違いなら、後で笑い話になるが、実際には存在しないモノが見える「幻視」となると話は別。その裏には深刻な目の病気が関わっていることもある。自由が丘清澤眼科(東京都目黒区)の清澤源弘院長に話を聞いた。
「実際にはないものをあると認識することを幻覚と言い、幻視はその一部。実際にないものが見えることを指し、2種類あります。光や幾何学模様など無意味な内容が見える『単純幻視』と、ヒトや動物、モノや風景といった意味のある内容が見える『複雑幻視』です。また、実在するものを誤って認識することを『錯視』と言います。幻視と錯視は合併していることが少なくありません」
テレビドラマの影響のせいか、幻視というと覚醒剤といった薬剤性のものや精神的に問題のある人をイメージする傾向がある。
しかし、実際には、認知症の2割を占めるレビー小体型認知症やパーキンソン病、多発性硬化症、てんかん、脳梗塞などの病気のほか、解離性障害や統合失調症スペクトラムといった精神疾患などでも見られる。
「最近目立つのは、単純幻視です。『ビジュアル・スノー・シンドローム』(Visual snow syndrome)はその代表です。これは矯正視力や眼底、視野検査などの眼科検査に異常がないのに、昔のテレビのホワイトノイズや砂嵐状のものが視野全体に出現する『降雪視』に加えて、残像や両目の飛蚊症、光過敏や夜間の視力障害などが現れるものです」
特徴は両目に現れて眼球を動かしても点の位置が変わらない、目を閉じても症状がすぐには消失しない、など。発症年齢もさまざまで子供の時から発症する。
「当初は片頭痛患者に時々認められる視覚症状として報告されていましたが、いまは別の症状とされています」
■偏見が治療の遅れを招く
モノや自分の大きさが通常と異なって自覚される疾患「不思議の国のアリス症候群」(Alice in wonderland syndrome)も幻視のひとつ。1955年に英国の精神科医によって命名された。
「この疾患は小児期に発熱などに伴い一過性で起きることの多い幻視です。周りが実際より極めて小さく感じられる小視症、逆に大きく感じられる大視症、周りが歪んで見える変視症などがあります。中には実際の距離よりもずっと遠くに感じたり、近く感じたり、体の一部のサイズが変わったように自覚するケースもあります」
こうした現象が数分から数時間持続し、治るまで何年も続く場合もある。
「この疾患は若い人から高齢者までかかる恐れがありますが、目立つのは若い人。EBウイルスに感染した時の脳の炎症が原因ともいわれます。小児期のものの多くは一過性で過剰な心配は必要ありません」
成人の場合は片頭痛との合併が多く、うつ病や統合失調症でも同様の症状が見られることがあるという。高齢者で目立つのはやはり認知症による幻視だ。
「認知症による幻視はレビー小体型認知症が最も多いのですが、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症、血管性認知症でも報告されています」
周囲の人には見えない人やモノが明瞭に見える目の病気が「シャルル・ボネ症候群」だ。1760年にスイスの科学者シャルル・ボネが最初に報告した。
「87歳の祖父が、両側白内障による視覚障害を患い、その時に経験した幻視を記録したものです。記録には、『健康に恵まれ、飾り気がなく、記憶も判断も保たれ、まったくの覚醒状態で、時折、目の前に外界とは無関係に、男や女、鳥、場所、建物などの姿が見え、多彩な動きをする』と記載されていたようです。その後の調査で緑内障や加齢黄斑変性症でも幻視が見られることがわかっています」
加齢黄斑変性症の大規模調査では患者の12%に幻視が見られたとの報告もあるという。
幻視が現れると、本人は「精神に問題があると思われると嫌だ」と思い、それをひた隠しにする傾向がある。それが原因で、早期発見・早期治療のチャンスを逃すことにもなりかねない。
大事な人の健康は周囲の傾聴力と良質な医療知識量によってその行く末が大きく変わる。幻視はまさにその典型。幻視への偏見が治療の遅れを招くことを肝に銘じることだ。
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