神経眼科

[No.4101] アメリカンフットボールと脳の健康 ― 目の動きから見える新しい手がかり

アメリカンフットボールと脳の健康 ― 目の動きから見える新しい手がかり

初めに:眼科(特に神経眼科領域)では眼球運動は衝動性眼球運動と滑動性追従運動の合わさったものとの理解が一般的で、その記録が眼球運動測定用のEOGelectrooculogramで測定されます。繰り返される頭部打撲は脳に損傷を与え眼球運動にも障害を残すと考えられますが、ワンシーズンではそこに差異は認められなかったようです。

■ 背景:繰り返される「軽い頭部衝撃」

アメリカンフットボールでは、選手同士の接触が日常的です。明確な脳震盪(しんとう)を起こすほどでなくても、頭部に繰り返し小さな衝撃が加わることがあります。これらを「反復的頭部衝撃」と呼びます。最近では、こうした軽度の衝撃が長期的に脳へ悪影響を及ぼすのではないかという懸念が高まっています。特に注目されているのが「慢性外傷性脳症(CTE)」と呼ばれる神経変性疾患です。

ネバダ大学リノ校のニコラス・マレー博士らの研究チームは、脳機能の変化を“眼球運動”から評価するというユニークな視点で調査を行いました。視線の動き、とくに「滑らかに目で物を追う動き(スムーズパーシュート)」は、脳の複数の領域が協調して働く精密な機能です。もし脳に軽微な障害があれば、この滑らかな目の動きに微妙な異常が現れる可能性があります。


■ 方法:ヘルメットではなく「センサー付きマウスピース」で測定

研究に参加したのは、ネバダ大学のディビジョンI(最高レベル)フットボール選手25名と、非接触スポーツ選手や一般学生の対照群10名です。

研究チームは、選手のヘルメットの代わりにセンサー付きマウスピースを使用し、シーズンを通してどれほどの回数・強度で頭部に衝撃が加わったかを詳細に記録しました。

一方で、選手たちには画面上で動く「C」の文字を目で追跡する課題(ランドルトC課題)を行わせ、その際の眼球運動を精密に記録しました。これにより、「頭部衝撃の量」と「滑らかな視線追跡能力」との関係を解析したのです。


■ 結果:1シーズンでは顕著な変化は見られず

結果として、繰り返しの軽度頭部衝撃がスムーズパーシュート速度に明らかな影響を与える証拠は得られませんでした。

つまり、シーズンを通じて選手の視線追跡能力は大きく低下せず、頭部衝撃の回数が多いグループでも顕著な変化は見られませんでした。

ただし、興味深い傾向として、シーズン開始時点ですでに「頭部衝撃が多い選手」のほうが追跡速度がやや遅いという結果も示されました。これは、長年の競技生活の中で蓄積した微細な影響を反映している可能性があります。


■ 考察:恐れるより、データで理解を

研究代表のマレー博士は、

「スポーツをすること自体がすぐに脳に悪影響を及ぼすわけではないことを理解することが重要です」

と述べています。

一方で、長年にわたり繰り返される衝撃が将来どのような影響をもたらすかについては、今後も慎重な観察が必要です。視線追跡のような非侵襲的で敏感な神経評価ツールは、こうした“軽度の脳ストレス”を早期に検出する方法として期待されています。

研究チームは今後、さらに「追跡の精度」や「追跡ゲイン(刺激に対する目の動きの比率)」といった指標を用いて、より詳細な解析を進める予定です。


■ 清澤のコメント

眼球運動、とくに滑動性追従(スムーズパーシュート)は脳幹・小脳・前頭葉など複数の神経ネットワークが関与する高度な機能です。今回の研究は、スポーツに伴う軽度頭部外傷がこうした高次視覚運動機能に影響を及ぼすかどうかを探る新しい試みといえます。今後、脳震盪後の視線追跡異常の定量化など、眼科的評価が神経科学の領域に貢献する可能性が高いでしょう。


出典:

Nicholas Murray et al., JAMA Ophthalmology Author Interview: Smooth Pursuit Eye Movement Speed After a Season of Repetitive Head Impacts in Division I Football Players, JAMA Network, 2025.

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