Q.
数年の経過で軽度の複視を主訴に受診した20~30歳代の女性です。
3ステップテストでは、いずれかの外眼筋麻痺を思わせる眼球運動を示します。
甲状腺関連の血清検査では軽度の値の上昇があり、橋本病も疑われていますが、
抗アセチルルコリン受容体抗体その他の血液検査に異常はありません。
MRIではいずれの外眼筋にも明らかな腫大を認めません。
このような症例を集めた報告はあるのでしょうか?
考えられる診断は何でしょうか?
また、実際の診療ではどのように対応されているのでしょうか?
A.(眼科医 清澤の回答)
このような症例は、決して多くはありませんが、眼科・神経眼科の領域では以前から散発的に報告があり、臨床的にも時々遭遇するタイプの症例です。
結論から言うと、第一に考えるべきは 「非典型的な甲状腺関連眼症(Thyroid Eye Disease:TED)」、特に橋本病に関連した眼症状です。
一般に甲状腺眼症というと、眼球突出や外眼筋の腫大が目立つイメージがあります。しかし実際には、甲状腺機能がほぼ正常、あるいは軽度異常にとどまり、画像上も明らかな外眼筋腫大を示さないタイプが存在します。
このような症例では、眼球運動が「麻痺」のように見えるため、3ステップテストでも特定の外眼筋麻痺を疑わせる結果になることがあります。
重要なポイントは、真の神経麻痺ではなく、軽度の筋拘束(restriction)が本態になっている可能性です。
MRIで筋の太さに異常がなくても、筋やその周囲の組織にごく軽度の炎症や線維化が起こることで、眼球運動に“クセ”が生じることがあります。
これが、ゆっくり進行し、年単位で持続する軽度複視の原因になると考えられています。
一方で、眼筋型重症筋無力症も必ず鑑別に挙げる必要があります。
甲状腺自己免疫疾患と重症筋無力症は合併しやすく、血液検査が陰性でも完全には否定できません。
複視に日内変動がある、疲れると悪化する、といった所見があれば特に注意が必要です。
実際の診療では、
・眼位の詳しい評価(プリズムカバーテスト、Hess検査)
・眼球運動が「麻痺」か「拘束」かを意識した診察
・甲状腺機能検査に加え、自己抗体(TPO抗体、Tg抗体、TRAbなど)の確認
を行い、全体像から判断します。
症状が軽度で進行が緩やかな場合には、プリズム眼鏡などで日常生活の不便を軽減しながら経過観察することが多くなります。
活動性の甲状腺眼症が疑われる場合には、内分泌内科と連携し、全身管理を含めた対応を検討します。
眼位が長期間安定した慢性期には、必要に応じて斜視手術を考慮することもありますが、その際は慎重な見極めが重要です。
このような症例は、「3ステップテストに合う=神経麻痺」と短絡的に考えず、背景にある自己免疫疾患を含めて総合的に判断することが大切です。
ゆっくり進む軽度複視の背後に、非典型的な甲状腺関連眼症が隠れていることは、臨床でぜひ知っておいていただきたいポイントだと思います。



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