慢性疼痛は「脳のネットワークの病気」か ― 眼瞼痙攣の痛みを考えるうえでも重要な新しい視点 ―
慢性疼痛とは、3か月以上続く、あるいは繰り返す痛みのことです。世界では人口の2割を超える人が悩んでいるとされ、いまや単なる「つらい症状」ではなく、ひとつの病気として考えるべきだという認識が広がっています。今回のJAMA Neurologyの総説は、慢性疼痛を「脳のネットワークの障害」として捉え直すべきだと強く提案しています。
これまで痛みというと、けが、炎症、神経の損傷など、体のどこかにある原因から生じるものと考えられがちでした。もちろんそれは重要ですが、慢性疼痛ではそれだけでは説明できないことが少なくありません。著者らは、難治性の慢性疼痛に共通する大きな仕組みとして、脳の中の痛みを処理する回路が、長い経過の中で不適切に組み替わってしまうことを挙げています。本来は体を守るための学習や適応が、逆に痛みを持続させ、増幅してしまうのです。脳卒中後疼痛、幻肢痛、線維筋痛症などは、その代表例とされています。
この総説が特に強調しているのは、痛みは脳の一か所で生まれるのではなく、複数の脳ネットワークの連携によって生じるという点です。痛みには「どこがどれだけ痛いか」という感覚面だけでなく、「つらい」「不安だ」という感情面、さらに「痛みに注意が向く」「痛みをどう解釈するか」という認知面があります。慢性疼痛では、こうした複数の脳の働きが絡み合って異常な状態に固定されてしまうというのです。
そこで期待されているのが、脳の働きを直接調整するニューロモジュレーション治療です。具体的には、脳深部刺激療法(DBS)、反復経頭蓋磁気刺激(TMS)、経頭蓋集束超音波刺激(tFUS)などがあります。これらは、薬で全身的に痛みを抑えるのではなく、痛みに関係する脳回路を狙って調整しようとする方法です。すでにパーキンソン病やてんかんで培われた知見があり、慢性疼痛にも応用が進みつつあります。
ただし、誰にどの治療を、どの部位に、どの強さで行うのが最もよいかは、まだ十分に確立していません。そのため著者らは、詳しい病歴聴取、感覚検査、機能評価、心理評価に加え、fMRIや脳波などを用いた客観的な脳機能評価を組み合わせる標準的な診療枠組みが必要だと述べています。また、小規模研究だけでなく、多施設共同の質の高い臨床試験を進めること、多職種が連携して身体・心理・生活機能のすべてを支えることも重要とされています。慢性疼痛の治療は、単に痛み止めを追加するだけでは不十分で、脳と心と体をまとめて診る時代に入りつつあるのです。
この考え方は、眼科とは無関係ではありません。眼瞼痙攣の患者さんの中には、まぶしさ、重さ、不快感だけでなく、眼周囲や顔面の慢性的な痛みを強く訴える方がいます。目の表面の刺激だけでは説明しきれず、中枢神経の感作や脳内ネットワークの変調を考えたくなる症例もあります。この総説は、そのような症状を理解するうえで大変示唆に富む内容です。
出典
Motzkin JC, He B, Gupta K, Shirvalkar P. Chronic Pain Is a Brain Network Disorder. JAMA Neurology. 2026;83(3):205-206. doi:10.1001/jamaneurol.2025.5065
神経眼科医 清澤のコメント
眼瞼痙攣は「まぶたが閉じる病気」とだけ理解されがちですが、実際には羞明、不快感、眼周囲痛、頭重感など、感覚系のつらさが前面に出る患者さんも少なくありません。その一部では、末梢の目の問題だけでなく、脳の感覚処理ネットワークの異常が関わっている可能性があります。慢性疼痛を脳ネットワークの障害として捉えるこの総説は、眼瞼痙攣や眼球使用困難症の理解を深めるうえでも、今後の診療の方向性を考える手がかりになると感じました。



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