神経眼科

[No.1091] 観察と思索から症候をとらえる、 末梢神経障害診療に学ぶ症候学の重要性:記事紹介

観察と思索から症候をとらえる
末梢神経障害診療に学ぶ症候学の重要性:記事紹介

清澤のコメント:2022.10.24 週刊医学界新聞(通常号):第3490号に上記の神田隆先生と三苫博先生の対談が掲載されている。神田先生は医科歯科大学で同じ患者さんたちを眼科医として共に論じた方であり、とても懐かしく感じた。この記事の内容は神経内科に限らず臨床医にとって重要な点を論じているので要点を採録してみたいと思った。確かに近くにいる医学生は医師国試合格だ絵を目指してしまっているように感ずる。

清澤注:基本的な末梢神経障害解説を末尾に記載する

  ―――少し長いが記事の要旨を採録――――

 多数の患者が症状を訴える末梢神経障害はcommon diseaseと言える一方で,診療に苦手意識を持つ医師は多いのではないか。では,なぜ末梢神経障害の診療を難しく感じるのか。末梢神経障害を専門とし,このたび『末梢神経障害――解剖生理から診断,治療,リハビリテーションまで』(医学書院)を上梓した神田隆氏は,日常診療での症候学の重要性を説く。さらに長年医学教育に尽力を続ける三苫博氏は,近年の医学教育の在り方に問題点を指摘する。

神田 学生や若手脳神経内科医,他科の医師の「末梢神経障害の診療は難しい」「検査をしても診断がつかない」との声をよく耳にします。そこで上梓したのが『末梢神経障害――解剖生理から診断,治療,リハビリテーションまで』です。

患者さんが多いcommon diseaseであるにもかかわらず,対応が特に不十分になりやすい領域が末梢神経障害だと考えている。

「教科書はいま本当に求められているか?」との疑問を持つ。近年はWeb上で簡単に情報を入手できることもあり,教科書が買われない。その中でこれからの教科書の役割や,末梢神経障害を含む神経内科学をどのように学ぶか,あるいは指導すべきか考えたい。

医学教育における「実践化」の流れの中で

三苫 長年学生と接する中で,そもそも医学生の目標が私たち教員の考えとは異なるように感じている。われわれは医学を学ぶことそのものや,患者さんを診る実践的能力の獲得を彼らに期待しますが,近年の学生の多くは医師になること自体を目標とする。医師国家試験(以下,国試)に受かるための勉強をするとの意識が強いのが一因。

神田 国試は詰まるところ,単なる暗記ではなく疾患の進行や治療法選択の根拠,つまり「なぜその解答になるか」の背景を理解している学生が正答できることをめざし,委員が丁々発止の議論を重ねながら問題を作成する。しかし,国試の解説本では「この診断基準に該当する,診断基準を知っていれば解ける問題」などと解説されてしまう。

三苫 学生側はわかりやすいその解説を受け入れ,「知っているか,知っていないか」の学習を継続してしまう。卒後も同様で,近年は専門医資格の取得が目標となり研究をしなくなっていると聞く。設計者の意図とは異なり試験や制度がひとり歩きし,「資格が取れればいい」との文化ができつつある。

神田 資格取得を最終目標に据えれば,教科書を用いず効率よく勉強しようとの発想は合理的とも言える。医師臨床研修制度をはじめ,医学教育で実践が強調されすぎた弊害と言える。

三苫 それ以前の本邦の卒前・卒後の医学教育は知識偏重だと指摘されていたので,その反動。今度は反対に「この症状があればこの疾患」「この手技が必要」と,「臨床ですぐに役立つ」ことが錦の御旗となり過度に強調されている気もする。その結果,症状と疾患を直接結びつけるよう教育されがち。

神田 症状をとにかく診断基準やガイドラインに“当てはめる”ことも多い。しかし,ガイドラインにも診断基準にも作られた背景や思想がある。診断基準やガイドラインが整備されるのは重要なことです。けれども背景を体系的に理解して用いなければ,次のステップには進めない。

三苫 教科書には著者が蓄積した経験が落とし込まれているので,その体系的な理解に有用なはず。考え方の定石を提示することがこれからの教科書の役割だと思う。

神田 ネットで情報が得られる時代だが,一貫した物事の考え方が背後にある書籍は,体系的な理解を促す導きとして,存在価値が残り続けると思う。それらを利用して実践偏重の傾向を打開することが,これからの医学教育の課題になるだろう。

末梢神経障害診療の鍵は症候学にあり!

三苫 神田先生の書籍は症候についての記載があり,そこが病態生理の解説の役割を果たしているのが特徴。総論と疾患各論の間に症候学を置いて構成した点に,神田先生の思想や哲学が反映されている。

神田 書籍の内容は末梢神経障害を診る際に最低限押さえていたいもの。脳神経内科は膨大な領域を相手どる学問で,丸覚えで対処すると必ず破綻する。そこで,各疾患の概要を教科書的に解説するだけでなく,鑑別を行う際に必要な観点も加えることで,実際に診療を行う際の基本的な考え方を併せて身につけられる書籍を作ろうと企画し,執筆者の先生方がその思いに応えてくれた。患者さんの症状をきちんと観察し,その背景にある病態生理や解剖学の理解を基盤に原因や病態を考えながら,根拠を持って鑑別していく症候学が非常に重要だと考えている。

三苫 近年はmolecular medicine,すなわち各疾患の病因論の発展に伴い,症候学が注目されなくなった。しかし,ベッドサイドで患者さんと相対する時,医師はまさに症候を診る。「観察と思索」によって,基礎医学と臨床医学を統合することが真に臨床の実践を重視することにつながると考えている。症候学にいま一度スポットを当てる必要がある。

神田 患者さんの困り事に共感し,対策を立ててあげるのが医師の基本的な役割のはずです。良好な人間関係が構築されていけば,診断も治療もよい方向に展開していくはず。症候学を身につけることは医師として必須だと思う。

指導者自身が研鑽を積み,ベッドサイドの学びの充実を

神田 実践の偏重や症候学が注目されないなどの課題は,背景にある基礎知識の理解を徹底して指導してこなかったわれわれ指導医に責任がある。

三苫 われわれの役割は,いかに面白いと感じさせるかだ。彼らには学習する能力があり,中でも面白く感じたことには集中して取り組むから。「目の前の患者さんの症状は症候学ではこう説明できて,molecularレベルではこういう異常がある」と,学習したこと同士がつながる実感を持てれば面白いと感じるはず。卒前の場合は,ベッドサイドで「観察と思索」を行う習慣を身につけるための手がかりとして教員が成書を示す。卒後の指導も同様。さらに不足する実践は,ベッドサイドで共に患者さんを診ながらの指導も欠かせない。

神田 その機会の一つが回診。近年はとりやめた教室もあるように聞く。私は無意味だとは全く思わない。「患者さんの現在の状況をどう考えるのか」を主治医や学生に聞くことで,彼らの考えや理解度の深さを把握し,それに対してフィードバックを行うための貴重な機会だととらえる。リアルな病状に対して,指導医が要点を的確に突いた診察を見せてあげる機会は必要です。

三苫 特にコロナ禍を受けて教授回診が制限され,また学生は実習の中で患者さんと触れ合う機会が減った。実践が推奨された。見学ばかりでは経験不足に陥るかもしれないが,そもそも前段階として,エキスパートがどう患者さんを診察するのかを見せることが必要。

神田 本当に症候学を学べる機会は,おそらくベッドサイドだけ。例えば筋炎の患者さんで,CK値が正常で大腿四頭筋などの四肢近位筋にも筋力低下がみられなければ,真の原因がわからないまま治ったと判断されることがあります。そうではなく,「患者さんは体をよじってベッドの柵を持たないと起き上がれないよね。でも大腿四頭筋に力は入っている。では,どこが弱いのか」と彼らに聞いて考えさせ,「この患者さんは筋炎で体幹筋が弱っていて,まだ全く治っていないんだよ」と伝える。その指導をベッドサイドで実際に患者さんを診ながら行って初めて,研修医や学生は症候と真に向き合える。

三苫 指導医の能力が問われる。

神田 思い返せば,私が学んだ頃の東京医科歯科大学には,神経解剖学者の故・萬年甫先生をはじめ,神経系の大家の先生が多くいらっしゃった。そこに居るだけで圧力を感じる。同学年80人のうち4分の1近くが神経関連の領域に進んだのは,そういう先生の影響が大きいと思う。

三苫 私も授業の内容は忘れても,研鑽に裏打ちされた彼らの凛とした佇まいや文化的な雰囲気は今でもはっきり覚えている。ご自身が血のにじむような格闘をしながらも楽しんで研究を続けてきた人生そのものが醸し出す,言語化されないメッセージに学生や研修医は影響されるのだろう。

神田 むしろ,そうした姿を見せることこそが指導者の本当の役割なのかもしれない。

他科にも応用できる脳神経内科的な症候学の考え

神田 末梢神経障害は国内におよそ1000万人の患者が推定され,common diseaseと言える。他科との連携も欠かせない。ファーストタッチの多くを整形外科医が担う。

 近年は,画像検査の発達によりすぐ画像検査を行う。国内でのMRIを含む画像検査の普及は幸せなことである反面,原因がわからない場合に加齢による腰の湾曲を痺れの原因とされてしまうことが往々にしてある。

三苫 脳神経内科と他科の症候学には,文化の違いもある。他科では症状があればすぐ鑑別診断を行う。比べて脳神経内科の症候学では,症状を徹底的に観察し,「患者さんが今どういう状態か」を基礎医学の観点から思索する。つまり病態を中心に考え,その症状は脳や脊髄,末梢神経のどのシステムが障害されることで起こるのかによって疾患に当たりをつけていく局在診断のステップがある。

神田 局在診断のステップを要する点が,まさに他科の先生が末梢神経障害の診療を苦手とする一因だと思う。頸椎・頸髄障害などの整形外科的疾患であれば画像検査で客観的に病像をとらえられるが,末梢神経障害は神経伝導検査を行ったからといって病態が全て把握できるわけではない。末梢神経障害の診療で,患者さんのどの部位にどのような症状があるかを観察し,さらに経時的に診なければならない点は,他科からすると高いハードルになる。

三苫 脳神経内科的な症候学の視点は,他科にも応用できる。実際に他科でも,優れた医師は必ず病態をとらえて「観察と思索」を行うワンステップを置く。基礎医学の知識を根拠に客観的に判断を行っていくわけです。

神田 「その検査の所見で,患者さんの症候を本当に説明できるか」を考える症候学の作業が,末梢神経障害を診る際には重要になる。他科にも,ぜひ末梢神経障害の可能性を念頭に置き,このたび上梓した書籍に記したような症候を押さえて診療に当たっていただければと思う。

神田 これからはAIの時代になるが,それだけで診療が完結することはない。中でも症候学はAIが太刀打ちできないもので医師の技術として残り続けるはずだから,身につければ診療科を問わず大きな武器になるはず。末梢神経障害は症候学を身につける上でも有意義な分野。その学習に本書を活用し,末梢神経障害の「いい診療」に役立てていただければ幸い。

(了)

神田 隆(かんだ・たかし)氏山口大学医学部 神経・筋難病治療学講座 特命教授

1981年東京医歯大卒。米南カリフォルニア大神経学教室リサーチフェロー,米バージニア医大生化学・分子生物学教室研究員,東京医歯大神経内科講師,助教授などを経て,2004 年山口大医学部神経内科教授。近著に『末梢神経障害――解剖生理から診断,治療,リハビリテーションまで』(医学書院)。

 

末梢神経障害

衛藤 正雄 (済生会長崎病院記事を参考に)

末梢神経とは脳や脊髄などの中枢神経から分かれて、全身の器官・組織に分布する神経のこと。末梢神経は、大きく以下の3つに分けられます。

・運動神経:全身の筋肉を動かす機能
・感覚神経:痛み、冷感、触れた感触など、皮膚の感覚や振動、関節の位置などを感じる機能
・自律神経:血圧・体温の調節や心臓・腸など内臓の働きを調整する機能

末梢神経障害とは、これらの神経がダメージを受け、働きが悪くなることで起こる種々の障害のことです。
主な症状は、それぞれ以下。

・運動神経の障害:手足の筋力が低下したり、筋肉が痩せてきたりする。
・感覚神経の障害:しびれや痛みが生じたり、逆に感覚が鈍くなったり、消失したりする。
・自律神経の障害:手足の発汗障害や異常知覚などがみられる。

これらの障害は単独で生じることもありますが、通常は複合されて症状が現れる。

また、末梢神経障害は、全身の末梢神経に多発的に生じる「多発性末梢神経障害」と、主に一つの神経に生じる「単末梢神経障害」とに分類される。「多発性末梢神経障害」の原因は、糖尿病などによる全身の代謝性疾患、薬剤・重金属などによる中毒性疾患や感染性の疾患、及び遺伝性や特発性のものなどがある。

 

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。