神経眼科

[No.1163] 眼窩下壁骨折における骨折部の病理学的観察:論文紹介

清澤のコメント:今日届いた日眼会誌第126巻第11号:臨床研究に昭和大学の嶌嵜創平,  三浦咲子, 恩田秀寿著の眼窩下壁骨折における骨折部の病理学的観察が寄稿されている。現在眼窩吹き抜け骨折に手を出す眼科は多くはなく、軽度の複視であれば、眼位運動の回復を待つ保存的療法に向かう事も多かろうけれど、「受傷から2週以内に手術介入しなかった眼窩下壁骨折例では,眼窩脂肪と上顎洞粘膜の癒着が徐々に進行し,約3か月で完全な瘢痕化に至る可能性が高いことが判明した.また受傷から日数が経過するほど,整復しても複視や眼球運動障害が残存し,知覚障害が悪化する可能性があるため,受傷早期に複視や眼球運動障害がない場合でも,時間経過とともに複視の自覚や眼球の動かしにくさなどの訴えがあれば,成熟(瘢痕)期よりも早期に手術を行うことが望ましい.」と、考察しており、その結論には納得できるものである。私の以前のブログの眼窩吹き抜け骨折の項目はそれなりの閲覧回数を集めていたが、現在までにそれはすでに廃止された。このページをそれに対する代替ページとして採録しておこう。

  ーーー日眼会誌記事の要点ーーーー

キーワード 眼窩下壁骨折, 眼球運動障害, 病理検査, 癒着, 瘢痕形成

目 的:眼窩下壁骨折では,骨折部での出血・炎症反応により眼窩脂肪と周辺組織が癒着することで不可逆性の眼球運動障害が生じる.我々は眼窩下壁骨折患者から採取した骨折部の癒着組織を病理組織学的に観察し,創傷治癒過程を考察した.これにより病理組織学的側面から適切な手術時期を検討したので報告する.
対象と方法:対象は昭和大学病院附属東病院で2018~2020年に手術を施行した眼窩下壁骨折の7症例であり,手術中に骨折部に嵌頓していた組織を剝離し,病理検査を行った.病理組織はヘマトキシリン・エオジン染色を行い,所見を病理専門医とともに評価した.
結 果:受傷後の日数が経過するに従い炎症反応は次第に減少し,それに比例して嵌頓した眼窩脂肪と上顎洞粘膜の癒着は徐々に進行していたことから,約3か月かけて瘢痕化に至ることが示唆された.
結 論:眼窩下壁骨折を病理組織学的に評価することで,適切な手術時期を検討した.受傷早期に眼球運動障害がない場合でも,癒着や瘢痕形成の前に手術を施行することが望ましい.(日眼会誌126:976-982,2022)

I 緒言

SmithとReganによって1957年に報告された眼窩ブローアウト骨折1)は,複視,眼球陥凹,眼窩下神経領域の知覚鈍麻などの多くの症状を引き起こす外傷である2).その中でも眼球運動障害は最も重要な症状である3).眼窩下壁骨折の治療方針4)では,複視の自覚がある場合には,迷走神経反射を生じている閉鎖型骨折を除いて受傷後2週以内の早期手術が推奨されている.一方,複視の自覚がない場合や眼球陥凹の可能性が少ない場合には手術を施行せず,症状の変化を経過観察することが多い5).しかしながら,時間経過とともに複視を自覚する症例や,複視はないものの眼球の動かしにくさを訴える症例がある.この原因は,脱出した眼窩脂肪と上顎洞粘膜が創傷治癒過程で癒着し瘢痕形成するためと考えられている.実際に受傷から日数が経過している症例ほど高度な癒着を経験し,眼窩脂肪と上顎洞粘膜の区別が困難な場合がある.これまで,眼窩内から摘出されたポリL乳酸―ハイドロキシアパタイト周囲組織を顕微鏡的に観察した報告6)7)は存在するが,眼窩下壁骨折部の瘢痕形成を病理学的に観察・評価した報告はみられない.
我々は眼窩下壁骨折患者から採取した骨折部の癒着組織を病理組織学的に観察し,創傷治癒過程を考察した.これにより病理組織学的側面から適切な手術時期を検討したので報告する.

II 対象と方法 (略)2018年5月~2020年7月に昭和大学病院附属東病院で眼窩下壁骨折整復術を受けた患者のうち,術中に上顎洞粘膜と眼窩脂肪の間に強い癒着を認め,広範囲に癒着剝離を行ったものを対象とした.

III 結果:(略)

IV 考按:(要点のみ)眼窩骨折における眼球運動障害や複視は,外眼筋や眼窩脂肪などの眼窩内容が骨折部位に嵌頓することで生じる.磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging:MRI)を使用した眼窩下壁骨折における眼窩内組織の研究9)では,骨折部位に嵌頓した眼窩脂肪組織が外眼筋の収縮や弛緩を妨げることにより,眼球運動を制限していることが確認されている.特に受傷から日数の経過した眼窩下壁骨折例では,骨折部での出血・炎症反応による創傷治癒過程が進行し,眼窩脂肪と上顎洞粘膜が癒着することで不可逆性の眼球運動障害が生じると考えられる.創傷治癒過程は,出血・凝固期,炎症期,増殖(修復)期,成熟(瘢痕)期に分類され,これらが互いにオーバーラップしながら瘢痕化に至る10).今回評価項目として観察した炎症性肉芽様組織,フィブリン,リンパ球,ヘモジデリン,線維性結合組織は主に炎症期~成熟(瘢痕)期で観察される.その中でも我々はヘモジデリンと炎症性肉芽様組織に注目した.へモジデリンは血管外に放出された赤血球をマクロファージが貪食することで産生され,炎症の消退とともに消失する.静脈性下腿潰瘍の治癒過程を組織学的に調べた研究11)では,静脈性下腿潰瘍の治癒性潰瘍の基部にある再生真皮においてヘモジデリン沈着がみられないまたは非常に軽度にみられたとの報告があり,炎症の消退と治癒過程においてヘモジデリン沈着が有効な指標であると考える.また,炎症性肉芽様組織は創傷治癒過程において毛細血管の増生と肉芽様組織を形成し,次第に線維性結合組織に置き換わる.これらの存在は炎症反応の進行を示唆するものであり,成熟(瘢痕)期には至っていないと判断できるものである.我々は,眼窩下壁骨折部位の摘出組織におけるヘモジデリンと炎症性肉芽様組織が手術時期を検討するうえで有用な指標であると考えた.ーー中略ーー
今回,眼窩下壁骨折を病理組織学的に評価することで,適切な手術時期を検討した.受傷から2週以内に手術介入しなかった眼窩下壁骨折例では,眼窩脂肪と上顎洞粘膜の癒着が徐々に進行し,約3か月で完全な瘢痕化に至る可能性が高いことが判明した.また受傷から日数が経過するほど,整復しても複視や眼球運動障害が残存し,知覚障害が悪化する可能性があるため,受傷早期に複視や眼球運動障害がない場合でも,時間経過とともに複視の自覚や眼球の動かしにくさなどの訴えがあれば,成熟(瘢痕)期よりも早期に手術を行うことが望ましい.

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