比較的軽い認知症の患者さんに現れることがある「せん妄」について、ご参考までに一般の方向けに分かりやすく説明しようとした文章です。
「せん妄」って何?認知症との違いと対策
高齢者の方の診療にあたっていると、場所や状況の認識を誤るといったご相談を受けることがあります。これは「せん妄(Delirium)」と呼ばれる状態かもしれません。認知症とは異なり、比較的短期間に起こる急性の精神・意識の変化が特徴です。
◆ せん妄のきっかけ(誘因)
せん妄は、何らかのきっかけによって急に発症することが多く、特に認知症を抱える方はせん妄を起こしやすい傾向にあります。誘因としてよくあるものには以下のようなものがあります:
- 入院・手術などによる環境の変化(見慣れた家から病院へ移るなど)
- 発熱や感染症(肺炎や尿路感染など)
- 薬の影響(睡眠薬、鎮静剤、抗うつ薬など)
- 脱水や栄養不足
- 痛みや排尿・排便の不快感
- 視力や聴力の低下による感覚情報の欠如
◆ せん妄の症状
せん妄の症状は一日の中でも変動しやすく、夜間や夕方に悪化することがよくあります。以下のような症状が見られます:
- 突然の混乱・見当識障害(今が何時か、ここがどこか分からなくなる)
- 注意力の低下・集中困難
- 幻覚(特に幻視)や妄想(見えない人が見える、誰かが部屋にいるなど)
- 落ち着きのなさ・興奮(歩き回ったり、暴言を吐いたりする)
- 逆に無気力になる場合もある
- 昼夜逆転(夜に覚醒して騒ぐ)
一見、認知症が急激に進行したかのように見えることもあり、周囲の人が驚くことも少なくありません。
◆ 眼症状・視覚症状との関係
せん妄では、とくに幻視(実際には存在しないものが見える)が特徴的です。虫が這っている、知らない人がいる、文字が浮かび上がるといった訴えが典型的です。
また、もともと視力が低下していたり、白内障や加齢黄斑変性などで視覚情報が乏しい状態だと、脳が誤った情報を補う形で幻視が出やすくなることがあります。これには「シャルル・ボネ症候群」と呼ばれる視覚幻覚も関係しています。
視覚障害のある高齢者では、周囲の状況がうまく把握できず不安になり、せん妄に陥りやすくなることも知られています。したがって、眼科的な視力の管理や環境調整が大切です。
◆ せん妄への対策
せん妄は適切な対応で改善が見込める状態です。ご家族や医療従事者が、落ち着いてサポートすることが大切です。
-
環境を整える
- 明るく静かな部屋を確保し、時計やカレンダーを置いて時間の見当識を保つ
- 眼鏡や補聴器を使用し、感覚情報を確保する
-
話しかけ方に配慮する
- ゆっくり、はっきりとした声で話しかける
- なるべく同じ人が対応することで安心感を与える
-
生活リズムを整える
- 昼間に光を浴び、夜は暗く静かにする
- 規則正しい食事と水分補給
-
薬の見直し
- 睡眠薬や抗不安薬がせん妄を悪化させていることがあるため、必要に応じて内科や主治医に相談する
-
眼科での評価
- 視力の低下がせん妄に関係している可能性もあるため、眼科での視機能チェックを受けることも役立ちます
◆ 最後に
せん妄は、適切な対応によって回復が期待できる一方、放置すると転倒や入院期間の延長、認知機能の悪化などのリスクがあります。高齢者の行動に「いつもと違うな」と思う変化が見られたら、早めに医療機関に相談してください。
また、眼科医としても、視覚情報がせん妄の予防に重要であることを意識し、適切な視力補正や環境調整をすすめていくことが求められています。
コメント