全身病と眼

[No.839] 「健康格差」の是正に向けて,いま医療者にできること」という記事紹介:週刊医学界新聞から

「健康格差」の是正に向けて,いま医療者にできること」という記事紹介:週刊医学界新聞から

清澤のコメント:健康状態が悪化する原因は、個人の生活習慣や遺伝的な要因によるものだけではない。健康な状態を保つためには、経済的・社会的な要因についても考える必要がある。例えば、相対的に貧困な家庭では、糖尿病などの生活習慣病に罹る割合が高い傾向があるなど、経済的な要因が健康状態に影響を与える。つまり、経済的・社会的な格差が健康状態の差にもつながるということ。本日届いた医学界新聞では、近藤克則と近藤尚己氏がこの問題を論じている。ソーシャル・キャピタルとして、患者集団に働きかけるという行動は「眼瞼痙攣患者友の会」の活動にもつながりそうである。

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2022.08.22 週刊医学界新聞(通常号):第3482号より要点を抜粋:元記事:https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2022/3482_01

 

 2005年に『健康格差社会――何が心と健康を蝕むのか』(医学書院)を上梓し,「平等な国」という幻想が残る日本に存在する健康格差を俎上に載せ,警鐘を鳴らした近藤克則氏。近藤克則氏と共同研究を行い,『健康格差対策の進め方――効果をもたらす5つの視点』(医学書院)等の著作もある社会疫学者・近藤尚己氏を迎えた座談会の要旨。

近藤尚 初版の出版から17年がたち,健康格差,社会疫学を巡る状況にはさまざまな変化がありました。

近藤克 積極的に応援してくれる声ももちろんありましたが,「重要な問題だけど,格差をなくすことは難しい」「医師の仕事ではないのでは」といった批判的,懐疑的なリアクションも多かった。海外では,公衆衛生で扱うべき問題との認識が一般的だった。思ったことは2つ。確かに根深い問題だから簡単にはいかない。しかし,だからといって放っておけない。

近藤克 着目したのがソーシャル・キャピタルでした。コミュニティの構成員が,ネットワークに参加することで得られる相互の信頼感や互酬・互助意識,サポートなどの資源のこと。

近藤尚 この17年間で,ソーシャル・キャピタルに対して醸成法,介入法についてのエビデンスが相当積み上がった。

近藤克 仮説が少しずつ実証されてきた。例えば,愛知県武豊町での介入研究。誰もが通えるようにサロンを町内のあちこちに作り,参加者の身体活動量,社会サポート・ネットワークなどを増やして健康を増進する事業です。参加者は高齢者人口の1割を超え,最終的にはそうした社会参加が介護予防に資することを擬似的な無作為化対照比較研究と言われる方法で実証できた。

近藤克 介入市町村では社会参加者の増え方が多く,死亡率は低いこと,再現性と一般化可能性を示してくれた。地道な研究活動が蓄積された17年でした。

幸せに生を全うすることを支える医療

近藤尚 ソーシャル・キャピタルに注目したきっかけは?

近藤克 ある50歳代の脳卒中患者さんでは、薬と訓練だけでは状況の改善は難しいと私は考え,障害者とボランティアで電車を借り切って旅行に行く「ひまわり号」に誘った。

近藤克 普段は車椅子で移動しているその患者さんも,旅先では自分の足で歩きたいと言い,実際に歩きだした。日帰り旅行の夕方,失語症の本人に代わって奥さんが「旅行になんて二度と行けないと諦めていました。でも,今日,旅行だってできるとわかりました。皆さんのおかげで,生きる希望が湧いてきました」と語り、ソーシャル・キャピタルによって,「生きる希望」まで引き出され得ることを直感した。格差是正のために社会保障制度の改革を促すことは一人の医師ではできない。でも,ソーシャル・キャピタルなら,ヘルスプロモーションや地域づくりなどを通じて,医療の立場から関与することができる。数字から社会をとらえる力,意志としてのオプティミズム

近藤克 1995年頃、受け持ちの脳卒中患者のデータで,生活保護を受けている人が5%ほどいるとの数字が出た。私の受け持つ脳卒中患者で5%ということは「一般の人に比べて10倍も多いのか!」と驚いた。

近藤尚 克則先生の活躍ぶりを拝見して気付いたことが2つ。1つは,数字から社会の実態をとらえるセンスがずば抜けていること。もう1つは,社会に対するオプティミズム(楽観主義),楽観的なまなざし。

近藤克 「悲観主義は気分だが,楽観主義は意志である」という,フランスの哲学者アランの言葉がある。

近藤尚 『健康格差社会』でも引用されているが,非常に印象的なフレーズだった。「変わる」という意志を持つことが大事。

近藤克 そうしたオプティミズムや認知の重要性を書いたのが,同書8章の「ポジティブな『生き抜く力』は命を救う」。客観的な事実をすぐには変えられなくても認知を変えることはできて,その積み重ねで客観的な状況すら改善し得る()。こうした認知行動療法の有効性は実証され,システマティックレビューも出ている。

 社会経済的要因が身体的健康に影響する経路〔『健康格差社会――何が心と健康を蝕むのか 第2版』(医学書院),p107より〕
社会経済的要因と,主観的健康感やうつなど心理的要因の間に,ある種の「生き抜く力」を位置づける理論仮説。客観的な状況は同じでも,それをポジティブにとらえるか,ネガティブにとらえるかで,その後の身体的健康状態に違いが出る。

社会的処方を日本に定着させるために

近藤克 社会関係や居場所を処方することで,社会的孤立とそれに伴ううつなどの不健康を予防・改善する「社会的処方」を日本社会に定着させること。

近藤克 「健康の社会的決定要因(Social Determinants of HealthSDH)」を利用するものは全て,広い意味では社会的処方と表現していい。患者さんや家族が,深く共感してもらえたと泣きだす患者会もその一例だし,あるいはソーシャルワーカーが患者さんを生活保護につなぐといったことも含まれる

近藤尚 「処方=医師が行うこと」と考えると,医師が患者さんの社会背景をアセスメントして,課題に対応する。メディカル・ソーシャルワーカーに紹介することを「処方」と言ってもいいし,その後それを引き継いでの地域の方々との活動まで含めて「処方」と言ってもいい。

近藤克 孤立や生活困窮を抱えている患者さんだと診察室の中で気づいても,医療専門職だけの孤軍奮闘では対処する手立てがなかった。しかし,地域社会と医療がつながれば,社会的処方は実現可能になります。心理社会的要因に目を向けてほしい。

近藤尚 生活課題を抱えた患者さんを見過ごさない見守りネットワークの処方。そこから始まって,地域全体で豊かに生活していくためのネットワークを作る活動,そういう街をみんなで作る活動につなげられるといい。

近藤克 社会的処方で,効果が大きいのは治療よりも予防です。孤立しない能力を子どもの頃から開発できる教育環境など,前もって社会環境を整えるほうが効果的だ。

近藤尚 SDHの概念をうまく使えば,医療者が介入しなくても,医療以外の活動で人々が元気になる。「医療者にできることはないのか」と言うとそうではなくて,医療者が患者さんをそうした活動につなげるきっかけを作り,場合によっては医療者自身も活動にかかわってみるといい。端的に説明するのが,社会的処方という言葉。医療以外の活動が,診察室での処方よりも大切な場合もあるはず。診察室でその必要性に気付いたら,ぜひ患者さんをそうした活動につなげるためのアクションを起こしてほしい。

近藤尚 海外では各専門の医療系学会が声明を出したり,指針を作ったりと活発な動きが見られる。国内だと,日本プライマリ・ケア連合学会に設置された健康の社会的決定要因検討委員会が「健康格差に対する見解と行動指針」をまとめている()。

 健康格差に対する見解と行動指針

近藤克 英国では社会的処方は2006年の保健省の白書で紹介され,現在では100を超える地域で取り組まれています。エビデンスもどんどん溜まっている。日本でも,2020年に閣議決定された「骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)」でモデル事業の実施に向けた文言が盛り込まれ,すでに事業が始まっている。効果をきちんと評価してエビデンスを蓄積すること。遠い未来ではなく,今から10年くらいの間に実現したいですね。

 

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