セマグルチドと眼の合併症 ― 最新研究からわかったこと
近年、糖尿病や肥満の治療薬として「セマグルチド(商品名:オゼンピック、ウゴービなど)」が広く使われるようになっています。体重減少や心血管病の予防に効果があることから注目を集めていますが、一方で「目に悪い影響があるのではないか」との声も聞かれるようになりました。今回は2025年8月にJAMA Ophthalmologyに発表されたシステマティックレビューとメタアナリシスの結果を紹介します。
背景
セマグルチドは「GLP-1受容体作動薬」という新しいタイプの糖尿病治療薬です。血糖を下げるだけでなく、心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントを減らすことも示されています。その一方で、糖尿病性網膜症(目の細い血管が障害を受ける病気)や、視神経が血流障害で突然障害される**非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION)**との関連が指摘されてきました。
特に過去のSUSTAIN試験では、セマグルチドを使った患者で糖尿病性網膜症関連の合併症(硝子体出血やレーザー治療の必要など)が一時的に増えることが報告され、不安が広がっていました。また、NAIONについては症例報告や小規模研究でリスクが高まるのではないかと議論されてきました。
研究の目的
今回の研究は、過去に行われた大規模なランダム化臨床試験(RCT)を網羅的に調べ、
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セマグルチドで治療された患者に眼の副作用がどのくらい起きるのか
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糖尿病性網膜症やNAIONと本当に関連しているのか
を明らかにすることを目的としました。
方法
研究チームは2025年4月までに発表されたPubMed・Embase・Cochraneデータベースを検索し、セマグルチドを使ったRCTを抽出しました。対象は成人で、比較はプラセボまたは他の糖尿病薬でした。
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解析対象:78件の試験、計73,640人
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解析手法:ランダム効果モデルでオッズ比(OR)を算出
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評価項目:眼疾患全体、糖尿病性網膜症、NAIONの発生率
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バイアスの有無は「RoB 2.0」、証拠の質は「GRADE」で評価しました。
結果
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眼疾患全体:セマグルチドでリスクは増えなかった(OR 1.01, 95%CI 0.91–1.12)。
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糖尿病性網膜症:有意な増加はなし(OR 1.04, 95%CI 0.92–1.17)。
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NAION:セマグルチド使用者でリスク上昇がみられた(OR 3.92, 95%CI 1.02–15.02)。
つまり、糖尿病性網膜症に関しては大規模データから「危険性は高まらない」と言える一方で、NAIONについては「リスクがあるかもしれない」という結果でした。ただしNAIONは非常に稀な病気であり、統計的に確実な結論を出すにはデータがまだ不足しています。
結論
今回のシステマティックレビューとメタ解析から分かったことは以下の通りです。
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セマグルチドは糖尿病性網膜症を悪化させる可能性は低い。
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しかし、NAION(視神経の虚血による急な視力低下)との関連は完全には否定できず、むしろリスク上昇の可能性が示唆された。
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NAIONは稀な病気のため、より大規模で標準化された方法による今後の研究が必要である。
まとめ
セマグルチドは糖尿病や肥満治療の大きな味方である一方、眼科的な合併症についても注意が必要です。糖尿病性網膜症については大きな心配はないと考えられますが、NAIONについては「まれだが起こりうる副作用」として認識しておくべきです。特に高血圧や高脂血症、喫煙など既存のリスク因子を持つ患者さんでは、視力の急な変化があれば早めに眼科を受診することが望まれます。
📖 出典
Natividade GR, Spiazzi BF, Baumgarten MW, et al. Ocular Adverse Events Associated With Semaglutide: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Ophthalmol. Published online August 14, 2025. doi:10.1001/jamaophthalmol.2025.2489
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